苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

聖句黙想

ヨハネ福音書冒頭

今、ヨハネ福音書に関する本を順々に読んでいます。2年後くらいからヨハネ福音書の連続説教をしたいと思って準備しているんです。それで、小林稔さんというローマ教会の司祭の『ヨハネ福音書のイエス』というのを読んでいます。聖書協会共同訳で「はじめにこ…

ローマ書8章28節について(3) ともに働く

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。(ローマ8:28) 「すべてのことがともに働いて益となる」の「ともに働く」と訳されることばは、synergeoと…

ローマ8章28節について(2)・・・「益」とは

ローマ8章28節、29節、30節は平行関係にあることを見抜くことが、28節を理解するための肝心な点です。この平行関係を見落として28節だけを取り上げる人たちは、「クリスチャンのために神様はぜんぶ『益』にしてくださる」という、少々都合のよい解釈をしがち…

ローマ8章28節について(1) 「神が」か「すべてのことが」か?

ローマ8章28節で一つ気になることが見つかりました。 新改訳第三版では「神を愛する人々、すなわち、神の御計画にしたがって召された人々のためには、神はすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」だったのを、2017では「…

ことばは神の目を見るように

聖書通読でヨハネ福音書1章2節を読んで、ずっと前から気になっている「ことばは神とともにあった」という翻訳がやはり気になる。ギリシャ語初級を学んだ時から気になっているから、35年間気になっている。ho logos en pros ton theonというのだが、ギリシャ…

神様のおちょくり(2)

すると見よ。その地方のカナン人の女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊につかれて、ひどく苦しんでいます」と言って叫び続けた。しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。弟子たちはみもとに来て、イエスに願…

われらに罪を犯す者をわれらが赦すごとく

新改訳聖書における主の祈りの翻訳で前から気になっていることは、「我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく、我らの罪をも赦したまえ」と文語訳ではあった「ごとく」が訳出されていない点です。新改訳2017でも改められませんでした。ギリシャ語本文には、ホ…

みなしご、やもめの訴え

「おまえの君主たちは強情者、盗人の仲間。みな賄賂を愛し、報酬を追い求める。みなしごを正しくさばかず、やもめの訴えも彼らには届かない。」(イザヤ書1章23節) 近畿財務局元職員故赤木俊夫さんの夫人が、夫の無念をはらすために、森友学園問題の真相を…

近畿財務局元職員とナボテ

大坂日日新聞の掲載された、近畿財務局元職員赤木俊夫さんの手記全文です。クリックすれば大きくなります。 この国の首相夫妻が不正を犯し、首相はそれを糊塗する嘘をつき、その嘘を隠すために、財務省佐川理財局長が動き、地方の近畿財務職のまじめな一人の…

神が悔やむ?

今朝は、聖書通読で第一サムエル15章を読みました。ここには、神様は悔やむのか、悔やまないのかという不思議な記述があります。みなさんは、どう理解していますか。 11 「わたし は サウル を 王 に 任じ た こと を 悔やむ。」 29 「実に、 イスラエル の …

バルナバ

バルナバがいなければ、パウロが初代キリスト教会に受け入れられることはなかったでしょうから、新約聖書の多くを占めるパウロ書簡がなかったことになります。 またバルナバがいなければ、マルコは役立たずとして用いられることなく終わったでしょうから、マ…

その都度、主の声に耳を傾ける

人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。箴言16:9 本日のデイリーブレッドに引用されたみことばです。 神学の営みということが、時に、神を自分の考えた枠組みの中に押し込めようとするものになってしまうこと…

悪魔のイエスに対する振る舞いの一見矛盾した点

悪魔はイエスが人として世に生まれた時、ヘロデ大王を用いて殺そうとしました(黙示12章)。公生涯の始まりのとき、40日の試みでは世的成功と引き換えに悪魔を拝むように誘惑しました(マタイ4章)。イエスがご自分の死を予告すると、ペテロを用いて、いさめ…

世の始まる前からの定め

しかし私たちは、成熟した人たちの間では知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でも、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、…

子とされた恵み

「神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子ど…

ローマ8章28節「すべての事が相働きて益となる」のか?それとも、「神がすべての事をともに働かせて益とする」のか?

ローマ8章28節を、口語訳と新改訳第三版までは、「神が」を主語として補って訳してきました。というのは、「ともに働くsynergei」が三人称単数であって、「すべてのことpanta」は複数であるから、「ともに働く」の主語ではありえないからです。 新改訳3版…

ライフラインの集い準備祈り会

20:18 彼らが集まって来たとき、パウロはこう言った。 「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。 20:19 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわ…

もしバルナバがいなかったら・・・

もしバルナバがいなかったら、とふと考えました。キリスト教迫害の急先鋒だったパウロが回心して教会に近づこうとしたとき、ほとんどの人々はパウロを恐れあるいは嫌悪して受け容れようとしませんでした。そんな状況で、バルナバはパウロを理解し、教会の人…

「幸福の王子」

(ウォルター・レインによる) 小学生たちが今日は8人わーっと嵐のようにやってきた。先週の6人に2人の新人が加わっている。ドラムをたたいたり、ピアノを弾いたりして大騒ぎしていたが、そうだと思いついて、「紙芝居を見る人!」と言ったら一人をのぞい…

上って行かせてください

創世記最終章を読んでいると興味深い動詞が一つある。「上って行く」ということばである。ヘブル語でアーラーという。ヨセフが父ヤコブを葬るためにエジプトからカナンの地へ行くことを「上っていく」と表現している。5節、6節、7節、8節、9節でこのことばが…

聖書通聴

聖書通読は何度したか覚えていませんが、聖書朗読のHPを見つけたので、今度は聖書通聴してみようかなと思っています。これは人生初めての経験です。何事かが、私の中で起きるのではないかと期待しています。https://archive.org/details/john_22

今朝の一句

「あわれみ深い」というのは、他人を量るものさしを緩やかにすること、寛容であることを意味します。隣人に寛容に、気前よくしていれば、神様はあなたにも寛容で気前よくしてくださるという意味です。

さあカバを見よ!

もう一か月ほど前、旭山動物園に行きました。カバが素晴らしかった。さすがに神さま自慢の第一の獣、最高傑作です。 40:15 さあ、河馬を見よ。 これはあなたと並べてわたしが造ったもの、 牛のように草を食らう。 40:16 見よ。その力は腰にあり、 その強さは…

ゆとり

おはようございます。 ほかに聖書のなかで、「ゆとり」という訳語があるかなあ、と調べてみたら、この一か所しかないようです。「ゆとりをあたえる」のもとのことばは、rachab「大きくする」です。なるほど、いい訳ですね。

どんなにたくさん知識があっても

主のみこころなら・・・

主の日は盗人のように

神である主の前に

この国の政治のこと、あの人の病気のこと、彼の就職のこと・・・と心騒がしくして、祈る前に、まず、主の前に静まること。

牛舎から飛び出した子牛のように

牛舎から飛び出した子牛が跳ね回る姿、あのように喜ぶ。

ことばは人となった

改めて、ヨハネの主題は、福音書もこの手紙も、彼が聞き、さわり、じっと見た、人となられたロゴスなのだと思った次第。