苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

神を知る

聖書解釈における同時代文書の扱い・・・表面的類似よりも本質的相違

N.T.ライトは、新約聖書とほぼ同時代のユダヤ教文献から、1.イエスの時代のユダヤ人たちが「罪」として意識したことは、個人としての罪ではなく、神がイスラエルの民をその背信のゆえに、懲罰としてバビロン捕囚に遭わせ、その後も民族の主権は回復させて…

神様抜きで納得したいという衝動

主イエスが水の上を歩いてきたのはガリラヤ湖の浅瀬を歩いてきたのを弟子たちが見間違えたのだとか、イエスの復活というのは、弟子たちの心の中にあの優しく力強いイエス様がよみがえったことを意味しているのだ、などという人々がいる。このような人々は合…

神は愛であるということ

1コリント13章4節から8節には、愛の具体的な中身の説明が豊かに説明されている。「愛は寛容であり、愛は親切です。また人を嫉みません。愛は自慢せず高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず。怒らず、人のした悪を思わず。不正を喜ば…

文化命令でなく、神の王国建設命令

改革派神学では、創世記1章26‐28節および創世記2章15節を「文化命令」と呼びならわして来た。けれども、聖書全体に啓示された神のご計画の全体からいうと、むしろ「神の王国建設命令」と呼ぶ方がよいと思われる。 神のご計画の全体像を知るためには、創世記1…

神が人格であることと三位一体であること

多神教において、神々はギリシャ神話、古事記、北欧神話にみるように、しばしば個性豊かな人格的な存在である。その神々と人間との境界線はあいまいであり、神々はみな有限であり、不道徳でもある。多神教の神々は、人間の延長線上に空想されたスーパーマン…

神の愛

愛と義とを対立概念として説明する場合が多いが、それは聖書にかなっているだろうか。義の対立概念はむしろ「あわれみ」であろう。 聖書に「神は愛である。」(1ヨハネ4:16)とある。また、第一コリント13章では「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をね…

三位一体の神でこそ愛の神であること

今朝、宮前町三丁目を散歩しながら、三位一体の神ということは、神が人格的存在であり愛であられることと切っても切れない関係にあることを思いめぐらしました。 古代の哲学者は、多神教の不合理性には気づいていて、「第一原因としての神」という唯一神観に…

こんな本、売れるのかなあ?

今般発行された、『私は山に向かって目を上げるー信州南佐久における宣教と教会開拓ー』について、実は、「こんな本、売れるんかなあ?出版社の迷惑にならへんかなあ。田舎での伝道に関心持っている人なんてほとんどいないのだから。」と、私は妻と息子、出…

理性と信仰が対立しているのではない

理性と信仰が対立しているという誤解がある。だがもしそうだとすると、理性的な人は信仰を持たず、信仰的な人は理性がないということになる。しかし、これは明らかに間違っている。実は、理性と信仰が対立しているという考え方自体が間違っているのである。 …

聖書釈義の二大原則

神は聖書を霊感するにあたって、時代と場所を隔てたさまざまな40人ほどの記者たちの能力や性格や文化的背景や時代状況を用いて、それぞれの巻物を書かせられた。この事実から、聖書釈義には根本的な2大原則が引き出される。 第一の聖書釈義の原則は、その巻…

イエス様を信じると顔が輝く

教会に集っている中国人の姉妹のお母さんが、今日、イエス様を神の御子救い主としてはっきりと受け入れました。娘さんが通訳をしてくれました。 三位一体の神様のこと、神様と私たちを隔てているのが罪であり、その結果自分自身も隣人も愛せなくなって孤立し…

初めの愛に

昨日の礼拝の紙芝居で、ソロモン王が就任時には神に知恵を求め、その知恵をもって神殿建設、平和外交、貿易の展開、知識の探求など諸々の成果を上げたにもかかわらず、政略結婚のため諸国から娶った妃たちが母国から持ち込んだ偶像に惑わされて罪を犯したこ…

キリスト論を書くのが一番むずかしかった

『新・神を愛するための神学講座』を書いていて、一番むずかしいと感じたのは、キリスト論だった。多くの牧師たちがそうであるように、私がもっとも多くの説教をしてきたのは福音書であるのに、そこに記されたキリストについて考えて表現するのが一番むずか…

理性の再生

「理性と信仰」という主題は、古代教会からの課題であった。「アテネとエルサレムに何の関りがあろうか」といったテルトゥリアヌスは、アテネ(理性)とエルサレム(信仰)とはかかわりがないものであるとした。不合理なるがゆえに信ず、という立場である。…

傲慢にならないように

朝食の後、妻と一緒にみことばを開いて、いっしょに祈りました。妻は今回の『新・神を…』の出版を親友たちにもまさって喜んでくれていますが、「修治さんの本が多く用いられ、多くの方たちの助けとなりますように。でも、そのことで傲慢になって悪魔のわなに…

朝岡勝 「神を愛するために神を知る 『新・神を愛するための神学講座』に寄せて」

昔、大学生時代に出会ったころ、わんぱく盛りの小学生で、昨年春まで同盟基督教団徳丸町キリスト教会牧師、現在、同盟基督教団理事長、東京基督教大学理事長を務めている朝岡勝先生が推薦文を書いてくださいました。あのころリンゴ病にかかって二段ベッドの…

『新・神を愛するための神学講座』ができました。

予告してから、だいぶ時間がかかりましたが、ようやく出版にこぎつけました。神様を求めている人には、役に立つと思います。はしがきを掲げておきます。アマゾンで手に入ります。 新・神を愛するための神学講座 作者:水草 修治 地引網出版 Amazon ーーーーー…

北海道宣教区聖会 朝岡勝先生

本日、午後と夕べに北海道宣教区聖会に朝岡勝先生をお迎えして、黙示録22章からメッセージをいただきました。オンラインの聖会で、苫小牧ではyoutubeで参加しました。 目を閉じて耳を澄ましていると、もう40年前に土浦めぐみ教会の礼拝堂で聴いた父上の朝岡…

聖書啓示が具体性を伴うわけ

ソクラテスは『パイドン』の中で「哲学は死ぬことの練習である」と言います。「哲学などする人は自殺したくなるんじゃない?」と言う人がいますが、ソクラテスが言おうとしているのは、そういうことではありません。 ギリシャ的な死生観によれば、死とは魂が…

元無神論者、今牧師

www.youtube.com 私が週に一度、クラスに出かけている神学校、北海道聖書学院(HBI)の卒業生である村田牧師ご夫妻のYouTYubeの番組に出させていただきました。私が若い日どんなふうにイエス様と出会ったかを話しました。

牧田吉和先生「神の国の前衛としての説教と説教者」

牧田吉和先生を迎えての北海道聖書学院特別公開講座、『神の国の前衛としての説教と説教者』の一日目、午前中、先生の情熱に満ちた講義に、みなさんきわめて熱心に耳を傾けて聴いていました。 内容は、創造から終末の栄光の完成に向かって展開される神の王国…

神様のおちょくり(2)

すると見よ。その地方のカナン人の女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊につかれて、ひどく苦しんでいます」と言って叫び続けた。しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。弟子たちはみもとに来て、イエスに願…

苫小牧通信9月号アップ

苫小牧通信9月号をアップしました。今回は 「災害と知恵」 「旅と訓練」 です。 https://docs.wixstatic.com/ugd/2a2fcb_d941bcb6fa5f403092746008a88ca111.pdf

主は素晴らしい

おととい洗礼を受けた95歳のY姉を、娘さん(といっても私よりだいぶ上)といっしょに訪問しました。「どうかな、洗礼の時だけ認知症が一時的に解けたのかなあ、それとも・・・」と思って訪問しました。 で、洗礼証明書を説明すると、「ありがとうございます…

J.S.「古典的ディズニープリンセス作品の『王子による救い』と現代ディズニー作品の『自己実現』」

フェイスブック友のJ.S.君が書いたものです。教えられるところが多く、多くの人たちに読んでほしいものだと思ったので、ご本人の許可を得て、ここに掲載いたします。 以下、引用です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 人権意識の…

その都度、主の声に耳を傾ける

人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。箴言16:9 本日のデイリーブレッドに引用されたみことばです。 神学の営みということが、時に、神を自分の考えた枠組みの中に押し込めようとするものになってしまうこと…

御霊と御力の現れ

兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心して…

幼稚舎あいか新園舎落成式で

近所の幼稚舎が新園舎を建てたので、その感謝礼拝に出かけて紙芝居をしてきました。ザアカイさんのお話です。 イントロで、針の穴とラクダの絵を見せて「この動物をおうちで飼っている人はいますか?」と聞いたら、一人の女の子が「はーい」と手を挙げました…

八木重吉さんの詩    桃子よ 

クリスチャンの詩人、八木重吉の詩を載せておきます。父なる神の、私たちに対する愛を思わせてくれます。 桃子よ ももこよ おまえがぐずってしかたがないとき わたしはおまえにげんこつをくれる だが 桃子 お父さんの命が要るときがあったら いつでもおまえ…

「雨ニモ負ケズ」と讃美歌121番

雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の陰…