苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

神を知る

イエス様を信じると顔が輝く

教会に集っている中国人の姉妹のお母さんが、今日、イエス様を神の御子救い主としてはっきりと受け入れました。娘さんが通訳をしてくれました。 三位一体の神様のこと、神様と私たちを隔てているのが罪であり、その結果自分自身も隣人も愛せなくなって孤立し…

初めの愛に

昨日の礼拝の紙芝居で、ソロモン王が就任時には神に知恵を求め、その知恵をもって神殿建設、平和外交、貿易の展開、知識の探求など諸々の成果を上げたにもかかわらず、政略結婚のため諸国から娶った妃たちが母国から持ち込んだ偶像に惑わされて罪を犯したこ…

キリスト論を書くのが一番むずかしかった

『新・神を愛するための神学講座』を書いていて、一番むずかしいと感じたのは、キリスト論だった。多くの牧師たちがそうであるように、私がもっとも多くの説教をしてきたのは福音書であるのに、そこに記されたキリストについて考えて表現するのが一番むずか…

理性の再生

「理性と信仰」という主題は、古代教会からの課題であった。「アテネとエルサレムに何の関りがあろうか」といったテルトゥリアヌスは、アテネ(理性)とエルサレム(信仰)とはかかわりがないものであるとした。不合理なるがゆえに信ず、という立場である。…

傲慢にならないように

朝食の後、妻と一緒にみことばを開いて、いっしょに祈りました。妻は今回の『新・神を…』の出版を親友たちにもまさって喜んでくれていますが、「修治さんの本が多く用いられ、多くの方たちの助けとなりますように。でも、そのことで傲慢になって悪魔のわなに…

朝岡勝 「神を愛するために神を知る 『新・神を愛するための神学講座』に寄せて」

昔、大学生時代に出会ったころ、わんぱく盛りの小学生で、昨年春まで同盟基督教団徳丸町キリスト教会牧師、現在、同盟基督教団理事長、東京基督教大学理事長を務めている朝岡勝先生が推薦文を書いてくださいました。あのころリンゴ病にかかって二段ベッドの…

『新・神を愛するための神学講座』ができました。

予告してから、だいぶ時間がかかりましたが、ようやく出版にこぎつけました。神様を求めている人には、役に立つと思います。はしがきを掲げておきます。アマゾンで手に入ります。 新・神を愛するための神学講座 作者:水草 修治 地引網出版 Amazon ーーーーー…

北海道宣教区聖会 朝岡勝先生

本日、午後と夕べに北海道宣教区聖会に朝岡勝先生をお迎えして、黙示録22章からメッセージをいただきました。オンラインの聖会で、苫小牧ではyoutubeで参加しました。 目を閉じて耳を澄ましていると、もう40年前に土浦めぐみ教会の礼拝堂で聴いた父上の朝岡…

聖書啓示が具体性を伴うわけ

ソクラテスは『パイドン』の中で「哲学は死ぬことの練習である」と言います。「哲学などする人は自殺したくなるんじゃない?」と言う人がいますが、ソクラテスが言おうとしているのは、そういうことではありません。 ギリシャ的な死生観によれば、死とは魂が…

元無神論者、今牧師

www.youtube.com 私が週に一度、クラスに出かけている神学校、北海道聖書学院(HBI)の卒業生である村田牧師ご夫妻のYouTYubeの番組に出させていただきました。私が若い日どんなふうにイエス様と出会ったかを話しました。

牧田吉和先生「神の国の前衛としての説教と説教者」

牧田吉和先生を迎えての北海道聖書学院特別公開講座、『神の国の前衛としての説教と説教者』の一日目、午前中、先生の情熱に満ちた講義に、みなさんきわめて熱心に耳を傾けて聴いていました。 内容は、創造から終末の栄光の完成に向かって展開される神の王国…

神様のおちょくり(2)

すると見よ。その地方のカナン人の女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊につかれて、ひどく苦しんでいます」と言って叫び続けた。しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。弟子たちはみもとに来て、イエスに願…

苫小牧通信9月号アップ

苫小牧通信9月号をアップしました。今回は 「災害と知恵」 「旅と訓練」 です。 https://docs.wixstatic.com/ugd/2a2fcb_d941bcb6fa5f403092746008a88ca111.pdf

主は素晴らしい

おととい洗礼を受けた95歳のY姉を、娘さん(といっても私よりだいぶ上)といっしょに訪問しました。「どうかな、洗礼の時だけ認知症が一時的に解けたのかなあ、それとも・・・」と思って訪問しました。 で、洗礼証明書を説明すると、「ありがとうございます…

J.S.「古典的ディズニープリンセス作品の『王子による救い』と現代ディズニー作品の『自己実現』」

フェイスブック友のJ.S.君が書いたものです。教えられるところが多く、多くの人たちに読んでほしいものだと思ったので、ご本人の許可を得て、ここに掲載いたします。 以下、引用です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 人権意識の…

その都度、主の声に耳を傾ける

人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。箴言16:9 本日のデイリーブレッドに引用されたみことばです。 神学の営みということが、時に、神を自分の考えた枠組みの中に押し込めようとするものになってしまうこと…

御霊と御力の現れ

兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心して…

幼稚舎あいか新園舎落成式で

近所の幼稚舎が新園舎を建てたので、その感謝礼拝に出かけて紙芝居をしてきました。ザアカイさんのお話です。 イントロで、針の穴とラクダの絵を見せて「この動物をおうちで飼っている人はいますか?」と聞いたら、一人の女の子が「はーい」と手を挙げました…

八木重吉さんの詩    桃子よ 

クリスチャンの詩人、八木重吉の詩を載せておきます。父なる神の、私たちに対する愛を思わせてくれます。 桃子よ ももこよ おまえがぐずってしかたがないとき わたしはおまえにげんこつをくれる だが 桃子 お父さんの命が要るときがあったら いつでもおまえ…

「雨ニモ負ケズ」と讃美歌121番

雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の陰…

登別で聖会

おとといと昨日、登別温泉で北海道宣教区で聖会がありました。今回は私が担当で、3回のお話をアブラハムの信仰の生涯から学びました。彼に対する主のお取り扱いからは、何度味わっても、多くのことを教えられます。自分のキリスト者としての歩みに重ね合わせ…

暗がりの中に光を見た

暗がりの中を歩いていた若い日に出会った光

生ける人格である神

創造主である神様は、生ける人格であり、私たちをご自分に似たものとして造ってくださいました。だから、私たちは啓示のことばである聖書に耳を傾け、祈ることをとおして、神と人格的な交わりをもつことができます。私たちは神様に似せて造られた存在として…

諸契約の成就者キリスト

今日は木曜日なので、北海道聖書学院にクラスのために出かけました。二つ担当していて、一つはキリスト救済論というクラスで、もう一つは聖霊論というクラスです。 キリスト救済論というクラスでは、イエス・キリストがどういうお方なのか、イエス・キリスト…

映画「沈黙」

先に遠藤周作『沈黙』については小畑進先生の文章を紹介しましたが、今回のスコセッシ監督の映画『沈黙』について、キリスト者が考えるべき聖書的な感想をようやく見つけました。リンク先をぜひお読みください。http://www.logos-ministries.org/blog/?p=7852

小畑進先生の「遠藤周作『沈黙』論」

スコセッシの映画「沈黙」が封切りされたそうですね。遠藤周作『沈黙』に対して、聖書に啓示されたキリストをはっきりと示し、ほんものの聖書に立つキリストとキリスト教信仰とは、こういうものなのだ、と若い日に覚悟させてくれたのが、小畑進先生の『沈黙…

再入門のまなび

本日午前中は、教会の姉妹と家内と一緒に信仰告白の順序で、信仰生活のてほどきの学びのスタート。もう十年も前に、ある事情から緊急で洗礼を受けたけれど、ちゃんと学ぶ機会を得ないままだったということで、改めて学びなおしましょうということです。いわ…

藤本満『聖書信仰』を読み終えて・・・ポストモダンの効能と使用上の注意

本書は「聖書信仰」について、<宗教改革、17世紀プロテスタント正統主義、経験主義、合理主義とプリンストン神学、ファンダメンタリズム、戦前日本における聖書信仰、アメリカの新福音主義、第二世代のエリクソンとピノック、シカゴ宣言、聖書信仰を『生き…

非キリスト者の葬に教会が携わることについて  <追記あり>

以前から、教会の葬儀について、また教会墓地使用規定について、考えるところがあったので、その根本にかかわる聖書からの考え方を、少々ここにメモをしておきたいと思います。 ある人たちは、キリスト教会が非キリスト者の葬にかかわることは世との妥協であ…

摂理と出会い

今日は北海道宣教区の牧師・牧師夫人のつどいがあって、札幌の隣の町まで出かけてきました。たのしい集いでした。 帰り道、F先生が運転する車に乗せていただいたのですが、苫小牧インターでおりそこねて、次の白老インターまで行き、もどってくるのに40分…