苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

北海道は豪雪

 北海道は豪雪。さすがに雪の少ない苫小牧も昨夜から雪が降り続き、今朝は雪だらけでした。車を出すのに難儀した後、今日は10時半からのオンラインミーティングがあるので、その前に会堂駐車場の雪かきです。T先生がまたまたありがたいことに、おいでくださって、いっしょに雪かきしました。少し重い雪でしたが、楽しかったです。裏の広い駐車場は、さて、どうするかなあ。
 雪はまだまだ夕方まで降り続くようです。

 

 午後三時半、本日二回目の雪かきがすみました。苫小牧はこの冬、本格的な雪かきはしないままで済むかなあと思っていましたが、考えが甘かったですね。春の雪は重い。

札幌と苫小牧

 今日はまちがって札幌の神学校まで往復しました。間違いましたが往復の電車で3時間、神学校で1時間半、集中して、自分なりのカテキズムを序論から教会論の冒頭まで書くことができました。電車の中というのは、集中できますね。時間の制約があるからでしょうね。
 苫小牧はほとんど雪がなくなっていますが、札幌はまだまだたっぷり雪だらけでした。苫小牧は太平洋側で、千歳あたりまで登って、そこから日本海側に向かって下がっていくということですから、札幌は日本海側になるんです。雪の量がまったくちがいます。函館と小樽も結構雪の多いところです。苫小牧は、北海道では例外的に雪の少ない町です。でも、四時ごろから苫小牧でも雪が降り始め、あしたも降り続けるようです。

別れ  祝福がありますように

今日は礼拝、教会総会がありました。
 礼拝の中では、来週から伊達の教会で礼拝生活を送られるH兄のあかしがありました。H兄には、どれほど多くの兄弟姉妹たちが助けられ、励まされたことでしょうか。私もどれほど助けられたかわかりません。そこにH兄がいてくださるだけで、ほっと心落ち着き、深い喜びを感じたものです。それはH兄のうちには、いつもかわらず主にある喜びが湛えられていたからです。また、役員会では時に牧師に意見してくださったこともあがたいことでした。
 H兄は、昨年9月から伊達におられる九十になるお義母様のために居を移されたのですが、役員としての残った任期をまっとうするために、この半年、苫小牧に片道1時間半かけて通ってくださったのです。
 苫小牧の兄弟姉妹一同寂しく、それは送った色紙のことばに現れています。牧師である私が一番寂しいと感じているのかもしれません。私にとって、頼りになる年の離れた兄のような存在でした。でも、あんまりそういうことをいうと神様に失礼なので、H兄の前途の祝福を祈って、送り出しました。
 

賜物をもちいて

 昨年末に洗礼を受けたA兄は熟練した建具屋さんです。その賜物を活かして、私が教会堂にずっとあればいいのになあと願っていたものを作ってくださいました。ひとつは、ごちゃごちゃしたコードをすっきりとまとめるコードボックス、もう一つはプロジェクターを斜めに保つ台です。この台ができる前は、何年もの間本を何冊もはさんだりしてきました。ほら、素晴らしいでしょう。

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プロジェクター台

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コードボックス

 

小鳥

 大学時代の同級生M君が苫小牧を訪ねてくれたので、名物カレーラーメン(味噌ベース)をいっしょに食べたら、すごくおいしかったみたいです。
 そのあと、北大演習林に行って、少し散歩をして写真を撮ろうとしていたら、小鳥たぶんコガラが、私たちに興味をもったらしくつきまとってきました。そこで、僕が「どうぞ」と人差し指を差し出したら、木の枝からぼくの指に飛び移って、指をつっついていました。
 Mくんは大興奮で「写真、写真」といってスマホを慌てていじっていたら、コガラは飛んで行ってしまいました。残念。
 ちょっとアッシジのフランチェスコの気分でした。

先輩牧師名言集

 きょうは午後、室蘭の教会堂を会場として、牧会半世紀を越える先輩牧師の慰労会に出てきました。先生にはいろいろ名言があります。

「伝道しないで伝道する」・・・伝道する前に、相手をよく理解し関係づくりをする。

「牧師は忙しく見えないように生活すること」

「日本人は見ていないようで見ている」・・・良い生き方で天の父をあかしすること。

「ノンクリスチャンという言い方はよくない。未来クリスチャンというのがよい。」

山口陽一「日本キリスト教史三講義」

japan.cgntv.net

 

東京基督教大学学長、山口陽一師の「日本キリスト教史三講」が視聴できます。

第一講 キリシタンと「神国」日本
第二講 明治時代のプロテスタント
第三講 戦中の教会を考える