半年くらい前から、見えにくくなったので、説教原稿を明朝体から全文ゴシック体に代えました。BIZ UPDゴシックというのです。字の大きさは10.5ポイントのままですが、よく見えるようになりました。
とはいっても、一度書き下ろしてしまえば、本番では、原稿に目を落とすことはそんなにないのですけれども、全文原稿を書いてはいるのです。
「古い進化論」は単線的進化を教えていなかったのか?
koumichristchurch.hatenablog.jp
上の記事の中で、筆者は「古い進化論は単線的進化を教えていた」と書いたが、これに対して、「古い進化論は単線的であった」というのは言いがかりであり、そもそもダーウィンは『種の起源』において、進化は枝分かれによって起こったと言っているのだ、という言い訳を読むことがある。的外れである。
ダーウィンが『種の起源』で枝分かれについて述べていることは当たり前である。それは、彼が生物の「共通祖先」を想定し、そこからさまざまな系統が分岐してきたと考えたからである。したがって、ダーウィンが枝分かれを論じていたという事実は、古い進化論やその教科書的説明に単線的な進化図式が存在しなかったことの証明にはならない。実際、古い生物学の教科書には、生物を単純なものから複雑なものへと一列に並べ、進化を単線的に描く図式が見られた。「古い進化論」の問題は、ダーウィンの理論に枝分かれがあったかどうかではなく、進化論が教育の場でどのような図式によって説明されてきたかなのである。
苫小牧福音教会の草創期から
今私が仕えている苫小牧福音教会を開拓したのは、スウェーデン・モンゴルミッションの宣教師たちでした。戦後、モンゴルが共産化されて国外退去を命じられて、また門戸が開かれるまでということで、とりあえず北海道で待機していた宣教師たちでしたが、やがて、北海道を宣教の地と思い定めて、室蘭、伊達、登別、苫小牧、日高、富川、札幌に教会開拓をしたのでした。
今日、お葬式をする85歳の姉妹は、小学生時代に、苫小牧駅のバスターミナルそばにあった日通の建物で宣教師が開いていた日曜学校に通い始めたという草創期からのメンバーです。
DNA/たんぱく質の類似の解釈(「科学と信仰」(その8)第2部各論9)と総まとめ
現代の高校生物学教科書では、DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を比較して、生物どうしの類似性や系統関係を教えることの比重が、古い進化論の時代よりもはるかに大きくなっている。だが、塩基配列が似ているという事実と、その理由をどう解釈するかは別のことである。
<事実>
種と種の間でDNAやタンパク質が似ているかどうかは観察できる事実であり、そのデータをもとに系統樹を作ることもできる。
<解釈>
・進化論による解釈
進化論では、生物は共通祖先から分岐してきたと考える。共通祖先から受け継いだDNAが変化を重ねた結果、近い祖先をもつ生物ほど配列が似ていると説明する。そのため、DNAやタンパク質の類似性は、共通祖先と系統関係を示す証拠として用いられる。進化論者は特に「機能を持たないと思われるDNA配列」が近い種で共通して見られることは、共通先祖から受け継がれた痕跡であると主張する。
・創造論による解釈
創造論では、生物に見られる類似性は共通祖先によるのではなく、共通の設計者によるものであると考える。つまり、相同器官に関する考え方と同じである。また、機能を持たないと思われるDNA配列については、将来新たな機能が発見される可能性があるから、これを進化の証拠とするのは、かつてなされた「痕跡器官」の議論と同様に早計である。
総まとめ
①聖書を物差しとして、科学の在り方を考える。
②同じ科学とはいっても、実験科学に比べて自然史科学は、過去に一度限り起こった事実を推測するものなので、解釈者の世界観によって推測する内容は大きく異なったものとなる。だから、事実と解釈を区別することが肝心である。
③解釈者の世界観の根底には、宗教的根本動因がある。進化論についていえば・・・
第一に、神は自然史についても語っておられると信じ、聖書をその解釈の規範とする宗教的根本動因を持つクリスチャンは、聖書がいうように「生物は種類ごとに」創造され、人間は「神のかたちにおいて」創造されたと信じる。
第二に、自然主義を宗教的根本動因とする人は、すべての生物種は、一つの共通祖先から進化によって膨大な時間をかけて徐々に生じてきたと解釈する。だが、彼らは進化のシステムの出現、最初の生命の出現については答えを持っていない。また、ダーウィンが進化の直接の証拠として想定した種と種を連続的につなぐ膨大な中間種の化石系列は実在せず、他の諸々の証拠として挙げられるものは「進化論的にも創造論的にも解釈できる」という種類のものである。
第三に、有神論的進化論者は、世界の出現に関しては、科学の領域では方法論的に自然主義を採用し、信仰の領域では超自然主義を認めるという宗教的根本動因を持ち、その進化のシステム、最初の生命を創造したのは神であると信じる。ただし、この立場には、人類を共通祖先から進化した集団として理解しながら、歴史的アダムをどのように位置づけるのか、また、アダムと第二のアダムであるキリストの対応をどう理解するのかという、重要な神学的課題が残る。
筆者自身は、聖書をモノサシとするとき、第一の立場が妥当であると考える。
相同器官、痕跡器官、胚の類似(「科学と信仰」(その8)第2部各論5~7)
5 「相同器官」の解釈
<事実>人の腕、コウモリの翼、クジラの胸鰭、馬の前肢の骨格は、構造的に同じ。
☆「相同器官」でWEB検索すれば、図は見られる。
<解釈>
・進化論:脊椎動物の骨格の相同性は、進化の証拠である。それを共通祖先による進化の結果と解釈することが、進化論的自然史の推論である。
・創造論:脊椎動物の骨格の相同性は、同じ設計者がこれらの動物の骨格を共通の仕組みにした結果であると解釈する。たとえば、軽自動車、普通車、トラックも、自動車としての基本構造は相同しているのと同じである。
6 「痕跡器官」の解釈
<事実>かつては虫垂とか尾骨など役に立たないとされた器官があるが、現代ではそれぞれに機能があることが判明した。
・進化論による解釈:古い進化論では、痕跡器官とは、「かつて機能したが、進化によって『役に立たない器官』となった」と解釈されたが、新しい進化論は進化によって機能が縮小したのだと解釈する。
・創造論の説明:これらの器官はもともと役割をもって神が設計されたと説明する。
7 ヘッケルによる脊椎動物の個体発生の図→→→証拠取り下げ
<事実の捻じ曲げ>「個体発生は系統発生を反復する」という「発生反復説」の1847年の図は、ヘッケルが自説に都合よく脊椎動物胚の類似性を過度に強調して描いた図である。下の三段の図の一番上がヘッケルによるもの。これを見ると、よく似ているなあとたしかに思う。だが、現実の同じ段階の図は中央の5つである。それぞれずいぶん違う。(図はペンギンクラブ様より)
フランシス・ヒッチングは次のようにレポートしている。
「すべての脊椎動物が通過したとされる『いも虫』状の段階を示す挿絵である。彼は三枚のまったく同じ図に、それぞれイヌ、カメ、ニワトリという見出しをつけて公表した。」
「『テナガザルの胚』を示すにあたってヘッケルはまったく種類の異なるサルの胚を使い、しかも手や足やへそといった魚にはない器官を、かれの説に不都合にならないように切り落としてしまった。またほかのところでは、魚、カエル、カメ、ニワトリの頭蓋が同じように見えるように胚の図を変形させていた。」(F・ヒッチング『キリンの首―ダーウィンはどこで間違ったか―』(樋口広芳、渡辺政隆訳、平凡社、1983年、251頁)
というわけで、ヘッケル描いた胚の図は、新しい進化論では証拠として用いられない。現実の脊椎動物の胚の変化図は、個体発生は系統発生を反復しないことの証拠にしかならないからである。
☆近代思想のドグマは理性は中立的で自律的だということであるが、実際には、理性は宗教的根本動因によって方向づけられるということのわかりやすい事例である。ヘッケルに限らず、原人に関してもネブラスカ原人、ピルトダウン人は、捏造や推測がすぎたということで証拠から取り下げられた。どうしても進化があったことを証明したいという野望が、彼らの理性と良心の判断を狂わせた。
8 種内の小さな変化の解釈
<事実>「種類」の中で変異は起こる。ガラパゴス諸島のウミガメ、フィンチのくちばし。オオカミ・コヨーテ・イヌなど。また、リンゴ、ミカンなどの品種改良は可能。
<解釈>
・進化論の解釈:小さな変異(小進化)が蓄積して行けば、種を越える大きな変異(大進化)があるはずだ。
・創造論の解釈:神は生物が環境に適応するために遺伝子プールの多様性を備えられたから、「種」のワク内での変化がしばしば起こるのはふつうのことである。だが、種のワクは越えられない。
元日本昆虫学会会長、京都大学教授日高敏隆は大変率直で正直な人で、次のように言っている。
「それぞれの種というものは何かはっきりしたワクをもっていて、いかにさまざまな変異が生じても、それらの変異は所詮そのワクからはとび出せないらしいということを意味している。」
「種のプログラムがいかに確固たるものであるかは、実験生態学や実験発生学の研究によって、ますます明らかになってきた。」
「われわれは二十世紀前半の、つまりこれまでの生物学がわれわれに与えてきた印象とはまったく反対に、種とは変わらないものだという感じを強く受ける。種は進歩、発展を求めて次々と変化していくものであると、生物学では進化ばかりが強調されがちだが、それはむしろまちがっていたようだ。われわれは種の不変性にこそ注目すべきだったのだ。」
ただし、日高教授は、それでも進化はあったとする。その理由について、ご本人が次のように正直に述べている。「そう(筆者注:変異と自然選択で進化が起こった)とでも考えなければ、ぼくらは神が生物をつくったとか、自然にいろいろな生物が突如として発生しっとかいう科学以前の奇妙な認識に逆戻りしてしまいそうな気がする。」と。
(日高敏隆『動物の生きる条件』(玉川大学出版1974年)110,118,124、108頁)
地球の古さ、化石の古さの測定方法(「科学と信仰」(その7)第2部各論4)
斉一説論者ライエルは19世紀後半、地質学的時間を約2億4000万年程度と見積もった。ダーウィンは少なくとも3億年程度と見積もった。しかし、今日では45億5000万年と言われる。地質柱状図に記されている何億年という年代の根拠は何なのか?
☆WEBで「地質学柱状図」と検索すれば、いくつも出てくるので参照されたい。
(1)相対年代・・・・循環論法ー「示準化石」の話
地質学教科書はいう、「地層の古さは、その地層に含まれる化石によって測定される」と。化石のうちには、特定の地層からしか発見されないものがある。これを「示準化石」と呼ぶ。たとえばサンヨウチュウは古生代の示準化石、アンモナイトは中生代の示準化石である。
他方、古生物学者は、ある化石が発見されると、古生物学者は地質柱状図を参照して、その化石の示される所を見いだして「これは何億年前の何々紀の化石です」と特定する。
つまり地質学は化石によって地層の古さがわかるといい、生物学は地層によって化石の古さがわかるという。これでは循環論法にすぎない。
では、地質学柱状図に付けられている百万年単位の年代はどこから出て来たのだろう。
(2)絶対年代・・・放射性同位元素による測定
示準化石によっては、Aの地層の方がBの地層より古いとか新しいとかいう相対年代しかわからないので、放射性同位元素による絶対年代の測定方法が工夫されて来た。
①原理
a.放射性同位体は長期間に、原子が崩壊して半分が安定した状態になるのに要する時間が一定であることを利用して考案された測定法である。ウラン-鉛法、カリウム-アルゴン法、炭素14法などが代表的なものである。たとえばウラン238 は半分鉛206 になるのに45億年かかる。
だが初期値をどう仮定するかによって、測定結果が変わると言う欠陥がある。ローソクの譬えで言えば、<ここに長さ5センチまで燃えてきたローソクがある。このローソクは30分で5ミリ消耗する。では、このローソクは何分間燃えていただろうか?>と問うようなものである。ローソクの最初の長さ(初期値)がわからないから、この問いには答えようがない。
現在では、同じ鉱物内の複数の結晶、複数の同位体系、アイソクロン法を用いることで、初期値を仮定でなく検証可能な物理量とみなすことができるとされる。アイソクロン法は、岩石の中にある親元素と、その壊変によってできた娘元素の割合を複数の鉱物で並べると、初期値が想定されるので、そこから年代を求める方法である。一つの鉱物の時計を読むのではなく、同じ岩石中の複数の鉱物の時計を比較し、その関係を直線にして、直線の傾きから年代を求めるのである。
b.放射性同位体による絶対年代の測定は、堆積岩に直接には用いられない。なぜなら、堆積岩は、火成岩など岩石が風化・侵食を受け、その土砂が堆積して固まったものである。だから、堆積岩の中に放射性同位体を含む鉱物があったとしても、その鉱物が堆積岩の形成以前から存在していたものであれば、その鉱物の年代は堆積岩そのものが形成された年代を示さない。化石は普通、堆積岩に含まれているが、化石そのものをこの方法で直接年代測定することはできない。
Ⅽ.しかし、堆積岩の中に凝灰岩(火山灰層)が挟まっている場合には事情が異なる。火山灰に含まれるジルコンが、その火山噴火に伴って形成されたものであることを確認できれば、その鉱物の放射年代は噴火の年代、すなわち、その火山灰が堆積した年代を示すことができる。すると、2つの凝灰岩を基準として、それに挟まれた堆積層の年代を測定てきる。このようにして、堆積岩そのものを直接年代測定しなくても、堆積岩の形成時期をある範囲に絞り込むことができる。
ジルコンは非常に硬く、化学的にも丈夫で風化・侵食を受けても残りやすい。火成岩などの中に微小な結晶として含まれることが多い。しかもジルコンには、ウランを結晶構造の中に取り込むが、鉛はほとんど取り込まない性質がある。だから初期値をウラン100%として、半減期を利用することで、ジルコン中の UとPbの比率を測定することで、結晶が形成された年代、つまり凝灰岩が形成された時期を推定できるとされる。
ただし、注意すべき点がある。火山灰中のジルコンが必ずしもその噴火の直前に形成されたとは限らず、古いジルコンが火山灰に取り込まれている場合もある。そのため、測定されたジルコンが実際にその噴火に由来するものであることを確認する必要がある。
また、放射性同位体による年代測定には、初期娘核種の量や、測定対象がその後も閉鎖系を保っていたかどうかなど、いくつかの前提がある。実際、堆積岩は閉鎖系の中にはない。アイソクロン法や、その影響を検証する方法も開発されている。だが、やはり長期間閉鎖系が保たれたというの前提は必要である。
このように放射性同位体による年代測定は複雑で、しかも有効な測定には諸前提条件がある。だが、上述の放射年代測定を全面的に否定すべきかどうか?
②C14法(炭素14法)
a.動植物の死骸の年代決定に直接的に有効な測定法は、C14法
生物が生きているときには体内に一定量のC14が存在するが、生物が死んで外界との元素のやりとりをやめると、C14は5730年で半分の割合で減少する。この性質を用いて動植物の死骸の古さを測る。古い木製家具や建築物などの木材が、森から切り出されたタイミングならば測定できる。
ところが、炭素14法が可能なのはせいぜい6万年が限度とされる。なぜなら炭素14の半減期は5730年だからである。だから、地質学柱状図の年代の根拠ではない。
b.古生代・中生代・新生代すべての地層からC14が発見されている。
<事実>古生代・中生代・新生代すべての地層から微量のC14が発見される。
<解釈>
・古い地球説の解釈:古い地層にC14が何らかの理由で混入したと解釈する。
・若い地球説の解釈:その地層は実際は数千年である。
<まとめ>C14による生物の放射年代測定はかなり有効だが、半減期が短いので、地質学柱状図に付けられている百万年単位の年代の根拠ではない。半減期が非常に長いウラン-鉛法、カリウム-アルゴン法による地層の年代測定法は、改良され精密化されていて、従来の放射性同位体による測定よりも説得力がある。だが、有効な測定には、その物質が超長期間にわたって閉鎖系であるということをはじめとする諸条件がある。また、中生代、古生代からもC14が発見されているという事象も確認されている。真相はやぶの中という感じである。