苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

歴史

多国籍企業と国民国家の崩壊

「二十世紀も末のぎりぎりの時期になって、IT革命と呼ばれるような情報技術の途方もない発達が見られ、それが他の諸要因と結びついて国民国家の存在を根底から揺るがしはじめている。いわゆる経済のグローバル化が進展し、ますます経済活動の大きな部分が国…

真間(まま)

宮村先生は現在、聖望キリスト教会の宣教牧師というお立場で、隣接地にお住まいである。筆者は編集会議のあと聖望キリスト教会のゲストルームに一泊させていただいた。翌朝五時半にはいつものように目が覚めてしまった。塚本虎二の『福音書』をもって散歩に…

上田の無言館

台風が来るというので、私も妻もそれぞれ予定がキャンセルになったので、前々から妻が「行ってみたい」と言い、私も「連れて行ってやりたい」と思っていた上田の無言館に行った。暴風雨は夕方からということなので、9時半に出発して二時間ほどで無言館に到着…

愛国心という歴史現象

(ルピナス) 「愛国心」は近代人にとっては常識となっている。だから愛国心を否定する者は非常識な人間とみなされる。たとえ日の丸・君が代を否定する人々であっても、たいていは「真にこの国を愛するからこそ、あえて日の丸・君が代を否定するのだ」と説明す…

外国人から政治資金を受け取った自民党の首相と蔵相 (追記2つあり)

1.米国による日本の戦後政策にかんするCIA機密文書が、米国立公文書館で公開され、おもなところがティム・ワイナーによってまとめられ邦訳もされている。『CIA秘録』上・下(文芸春秋社、2008年)噂、伝聞一切なし、すべて一次資料のみからCIAの実態を…

近現代教会史8 大戦後のエキュメニズム派の動向・・・20世紀(3)

昨年大晦日にドイツ教会闘争を掲載して以来、少し間があいてしまいましたが、近現代教会史ノートの続きです。第二次大戦後のリベラル派の神学の動きです。3.その後のエキュメニズム派の動向 −−「神の死」の神学、宗教多元主義、解放の神学―――(1)「神の…

エルトゥールル号の恩義

昨日に続いてトルコと日本の話。1890年9月16日、トルコ艦船エルトゥールル号が和歌山県串本の沖合いで遭難沈没した。失われた生命は581名。だが、村民たちの懸命の救助活動によって69名の人々が助けられた。この遭難事件は全国に報道されて日本全国から同情…

東京のモスク

先日、N牧師といっしょにイスラームのモスク、東京ジャーミイ(トルコ文化センター)を見学した。教団事務所から徒歩15分ほどの場所である。代々木上原駅からなら4分ほど。何年も前から一度見学したいものだと思いながら、会議漬けでなかなか時間が作れなか…

『韓国強制併合から100年』信州夏期宣教講座編

本書は、毎年8月、信州の霊泉寺温泉で開催される信州夏期宣教講座の第13回目(2010年)の講演録である。日韓併呑100年にあたる2010年は、このテーマを扱った。私は先約が入っていたために、今回参加することが許されなかったけれど、結城牧師の原稿「朱基徹牧…

近現代教会史7  ナチズムとの教会闘争・・・20世紀(2)

2.ナチズムとの告白教会の戦い―――――バルメン宣言について (1)獣どもの出現 「また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった私の見たその獣は、ひょうに似…

近世教会史1 ルター(1)生涯  <追記>近世教会史の序

<追記>近世教会史の序 古代、中世の教会史ノートは基督神学校のクラスのために準備をしてきた講義ノートを公開したのであるが、近世―近代の教会史はかつて某キリスト教誌に連載したプロテスタント教理史概観の原稿に少々加筆したものであるから、内容は大…

宗教改革記念日

1521年4月18日、ヴォルムスの帝国議会にマルチン・ルターは召喚された。尋問されたのは、彼の教皇庁を批判する諸文書に関することである。ルターは『95か条の提題』で贖宥状を批判し、『ドイツ貴族に与える書』では教会の聖職位階制度を否定し、『教会のバビ…

中世教会史25 中世の崩壊

中世の崩壊を言おうとすれば、そもそも中世というものがどういうものであり、その成立条件を述べなければならない。その条件が壊れたことによって、中世封建制社会が崩壊した。1.経済的側面 ローマ帝国において都ローマは後背地に、その人口を養うに十分な…

中世教会史23  托鉢修道会

1.インノケンティウス3世とフランチェスコ ベッテンソンp195− ベネディクト会、シトー会といった従来の修道会は、農村を基盤とし俗世を離れて「祈りかつ働け」をモットーとするものだったが、これでは急増した都市には向いていなかった。聖職者たちは…

中世教会史22 異端運動

参照ベッテンソンpp195−199 堀米『中世の光と影』下p60−1.背景 ローマ教会の発展過程では、常に異端は出現するが、格別、司教叙任権闘争がヴォルムス協約(1122年)で終わってから教皇庁の最盛期には特に異端の運動が盛んだった。なぜか?堀米氏によれば、…

中世教会史21 十字軍(その5) その後の十字軍と後代への影響

5.その後の十字軍 第2回十字軍(1147-1148)「空虚な理想」。イスラム教徒が盛り返し、エデッサ伯国を占領したことで危機感が募り、教皇エウゲニウス3世の呼びかけで十字軍が結成された。当時の名説教家クレルヴォーのベルナルドゥスが教皇の依頼を受けて…

中世教会史20 十字軍(その4) 

4.諸侯による第一回十字軍1096年(1)コンスタンティノープルで冷遇される 十字軍運動の盛り上がりの中で、民衆十字軍が壊滅し、ユダヤ人への迫害が行われたが、あとに続いたのは1096年に出発した貴族や諸侯たちによる十字軍の本隊である。西欧各地の諸侯…

中世教会史19 十字軍(その3)

3 民衆の十字軍運動 (1)民衆十字軍 ウルバヌス2世の計画では軍隊の出発は1096年8月15日を期していた。しかしそれより数ヶ月前に教皇の計画に入っていなかったグループ、すなわち農民たちや貧しい下級騎士たちが勝手に集まってエルサレム目指して出発して…

中世教会史18 十字軍(その2)

2 十字軍遠征までの経緯(1)東ローマ皇帝からの依頼と教皇ウルバヌス2世のねらい トルコ人のセルジュク朝にアナトリア半島を占領された東ローマ帝国皇帝アレクシオス1世(在位1081-1118)が、ローマ教皇ウルバヌス2世に救援を依頼したのが1095年。このと…

中世教会史17 十字軍(その1)

序 十字軍の問題は高校生で世界史を学んだ頃から気になっていた。初めて増永牧師にお会いしたとき投げかけた質問の一つは、「キリスト教会は十字軍の犯した罪について、いったいどう考えているのか?どう責任を取るのか?」ということだった。クリスチャンに…

中世教会史16 司教叙任権闘争と「ヨーロッパの確立」

「ヨーロッパ」とはどういう歴史現象なのか?そのことが、わかります。ただし、ここでいうヨーロッパとは西ヨーロッパを意味します。 参照>ベッテンソンp162、p174− 751年小ピピンは王の立場を精神的に権威づけることをねらって、教皇ステファヌ…

教会史15 西ローマ帝国の復興――カール大帝の人物と戴冠

768年ピピンが没し、その子カール(シャルル)が後を継いだ。彼は軍事的にもすぐれた人物で、ザクセン族を平定、ランゴバルドを併合、アヴァ−ル族、イスラムを破って辺境守備を行ない、かつての西ローマ帝国の大半を含む大統一を成し遂げた。その領土面積は…

海はつなぐ

昨日のイスラム進出とヨーロッパ中世の始まりの記事のなかで「一般に、海というものは隔てるのではなくて、つなぐものだという認識は歴史理解の上でとても大切である。トラックや鉄道のない時代、陸路では大量の物資も多くの人をも運ぶことは困難であった。…

中世教会史13  イスラムの進出とヨーロッパ史への影響

もう少し前、10の後半で述べておくべきだったイスラム進出について、ここに記す。(1)イスラムの進出のすさまじさ ローマ帝国にとって、地中海はいわば内海だった。経済的なことを言えば、ローマをはじめとして、地中海に面するそれぞれの都市地域は、背…

修道院的循環と資本主義

先に、ベネディクトゥス修道院のところで、修道院的循環について書いた。修道士たちは無所有で労働をしたので、結果的に修道院という組織には富が蓄積されて、その結果、修道院は堕落した。そこで新しく別の修道院を起こす人が出てくるが百年もたてば同じこ…

中世教会史12 キリスト論論争と西欧の成立・教会の東西分裂(その2)

(1)フィリオクエ論争 (注:小海キリスト教会HP「牧師の書斎」「教会史講義ノート」のこの箇所には東方と西方をとりちがえたまちがいがあるので、ここに訂正しておきたい。) 聖霊の父および子との関係についての東西教会を分けるに至る要因のひとつと…

中世教会史11 キリスト論論争と西欧の成立・東西教会の分裂(その1)

まず、背景と歴史的影響の概観をしておく。聖画像論争とフィリオクエ論争を通して東西教会の分裂が決定的になっていく。初代教会以来、「教会はひとつである」という意識は強かったものの、もともと、東方はギリシャ語圏であり、西方はラテン語文化圏であっ…

中世教会史9 ベネディクトゥスの修道院の働き

参照:ベッテンソンpp180−194 (1)背景 修道院は、キリスト教信仰がミラノ勅令313年で公認されたとき、信仰の世俗化に危機感を覚えた「殉教志願者」たちが、荒野で禁欲的訓練をはじめた隠修士たちに始まった。エジプトのアントニオスはその一人。パコミウ…

中世教会史7 ユスティニアヌス大帝と東ローマ帝国の歴史的役割

(1)ユスティニアヌス大帝 ユスティニアヌス1世(483年 - 565年、在位:527年 - 565年)は、貧しい農民の子から皇帝まで登り詰め、西ローマ帝国の故地を再征服して一時的にローマ帝国を復興させた。『ローマ法大全』の編纂や、ハギア・ソフィア大聖堂の再…

中世教会史6  ユスティニアヌス大帝と西方教会

1.帝国の弱体化とローマ総主教(教皇)の活躍―――レオ1世 かつて帝国の厳しい迫害下にあった時代、教会は自らをこの世から聖く保つことについては比較的たやすかった。キリスト者となることが権力や富を得ることと直接関係なく、むしろ権力や富を放棄するこ…