苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

宗教改革記念日

 1521年4月18日、ヴォルムスの帝国議会にマルチン・ルターは召喚された。尋問されたのは、彼の教皇庁を批判する諸文書に関することである。ルターは『95か条の提題』で贖宥状を批判し、『ドイツ貴族に与える書』では教会の聖職位階制度を否定し、『教会のバビロ二ア捕囚』では聖書的根拠のない秘跡や慣習を否定し、『キリスト者の自由』で恵みによって義とされたキリスト者の新しい倫理を説いていた。いずれも教皇庁の腐敗をただし、キリストの福音を告げるものであった。しかし、教皇は悔い改めるどころか、ルターが己の誤りを認め、これを取り消さないならば、異端宣告をしてかつてボヘミアのフスにしたような目にあわせようとしていた。その結論部分は以下の通り。
 エックは尋ねた。
 「率直に、両刀論法を使わずに答えたまえ。君は君の書物と、その中に含まれている誤りを、否認するのか、それとも、しないのか。」
 ルターは答えた。
 「陛下と閣下たちは、簡単な返答を要求しておられるのだから、両刀論法を使わず、ありのままに答えましょう。わたしは聖書と明白な理性によって確信するのでないかぎり、わたしは教皇と教会会議の権威を認めません。なぜなら、かれらは互いに矛盾しているからです。わたしの良心は神のことばに捕らえられているのです。わたしは何も取り消すことができないし、取り消そうとも思いません。なぜなら、良心にそむくことは正しくないし、安全でもないからです。わたしは、ここに立つ。わたしはこうするよりほかない。神よわたしを助けたまえ。アーメン」