苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

聖書講解

主とくびきをともにする

マタイ11:28−30 1. 人生の重荷 11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 (1)生活の重荷 「人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし 急ぐべからず 」と苦労人の…

ヨブの待降節

(数年前の待降節第三説教です) ヨブ記9章32、33節。16章19−17章3節。19章25−27節 序 「悪者が世にはびこり、正しい者がどうして苦難に遭わねばならないのか。神が正義ならばどうしてこんなことが起こるのか。」これは多くの人が胸に抱く…

神が神であるゆえに

(きのうに続いて、数年前のアドベント第二主日礼拝説教です) ヨブ1:6−2:10 1. サタンの訴え (1)サタン 「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。 1:10 あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あ…

義人ヨブ

数年前のアドベント第一説教です。 1:1ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。 1:2彼に男の子七人と女の子三人があり、 1:3その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、…

「幼子」にこそ

マタイ11:20−271.かたくなな町々 派遣した12人の使徒たちがイエス様のもとに帰ってきて報告するところによれば、ガリラヤの町々の多くは「神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」というメッセージを受け入れようとはしなかったというこ…

信仰の先達に学ぶ

へブル11:1−16 序 本日は召天者記念礼拝です。目的は、人間が工夫した宗教におけるような追善供養ではありません。追善供養とは、故人が地上でなすべきでありながらなさなかったために、霊がこの世で迷っているとか、地獄に落ちてしまっているから、そ…

女から生まれたのでない人々

マタイ11章2節から19節1. 洗礼者ヨハネ 11:2 さて、獄中でキリストのみわざについて聞いたヨハネは、その弟子たちに託して、 11:3 イエスにこう言い送った。「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか。」 ヨ…

平和でなく剣を

10:34地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。 10:35わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。 10:36そして家の者が、その人の敵とな…

父の喜びと期待にこたえて

神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。私たちが神の子どもであることは、御霊ご…

使徒の心得

使徒10章5-15節 序 主イエスは十二人弟子をお選びになって、使徒としての任務を与えていよいよ派遣なさいます。派遣にあたって、イエス様は彼らに使徒としての心得を話されます。 1.宣教の順番 まず、5,6節は宣教の順番についてです。 10:5 イエスは、…

十二使徒の選任

マタイ10章1節から4節 イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやすためであった。 さて、十二使徒の名は次のとおりである。まず、ペテロと呼ばれるシモンとその兄…

キリストは走り寄る

ルカ福音書15章1節から24節 イエス様が取税人・罪人と親しく話をしていました。取税人・罪人というのは、当時の社会のなかでごろつきのような人々でした。それを見て、当時の社会でもっとも真面目な人たちパリサイ人、律法学者たちはイライラしていまし…

憲法・王・平和

<要約> 8月15日が近い。あの敗戦は明治維新以来、富国強兵政策で突き進んできたわが国の破綻を意味していた。今、日本の平和主義が脅かされている状況のなかで、みことばに耳を傾け、かつ、祈りたい。 17:16 王は、自分のために決して馬を多くふやしてはな…

花婿の友だちの喜び・・・新約的ライフスタイル

9:14 するとまた、ヨハネの弟子たちが、イエスのところに来てこう言った。「私たちとパリサイ人は断食するのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」 9:15 イエスは彼らに言われた。「花婿につき添う友だちは、花婿がいっしょにいる間は、どうし…

いけにえには あわれみを

マタイ9:9-131.主の召しのことばの力 9:9 イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。 (1) 取税人 今日の個所に登場…

神としての権威で

マタイ9章1節から8節 1.イエス様の目 「9:1 イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰られた。」 ガリラヤ湖の向こう岸ガダラ地方に出かけたイエス様とその一行でしたが、イエス様を迎えたら大損することになるのではないかと思ったガダラ人たちは、イエ…

解放者イエス

タマネギ 8:28 それから、向こう岸のガダラ人の地にお着きになると、悪霊につかれた人がふたり墓から出て来て、イエスに出会った。彼らはひどく狂暴で、だれもその道を通れないほどであった。 8:29 すると、見よ、彼らはわめいて言った。「神の子よ。いった…

世を癒すために

それから、イエスは、ペテロの家に来られて、ペテロのしゅうとめが熱病で床に着いているのをご覧になった。イエスが手にさわられると、熱がひき、彼女は起きてイエスをもてなした。 夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。そこ…

すべてはあなたがたのもの

「ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。 パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。そして、あなた…

聖霊――創造と救済      (ペンテコステ主日)

創世記1:1-3、ヨハネ福音書3:5-8 聖霊が豊かに教会に注がれ世界宣教、世界教会形成の時代が始まったのがペンテコステです。ペンテコステ以来、旧約時代にはイスラエルのなかに限られていた福音が、爆発的に世界中に伝えられるようになり、ペンテコステ以来、…

家は岩の上に

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。 また、わ…

実で見分けよ

2013年4月24日 小海キリスト教会 主日礼拝 7:15 にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。 7:16 あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あ…

いのちに至る門

山道で見た ウグイスカグラ(鶯神楽) 「 狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。」マタイ7:13,14 序 …

求めなさい、与えなさい

マタイ7:7−12 散歩道のカタクリ 1.無尽蔵の父に求める イエス様は弟子たちに、この世界にあって、天の父の子どもとして、いかに生きるかということを、この山上の説教の中でずっと語ってこられました。金、金、金がすべてといったせちがらい無味乾燥…

二つのシャローム

20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」 20:20 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに…

イザヤによる福音書

きょうは受難週の始まる主の日だったので、イザヤ書53章から、イエス・キリストのご受難にかんするお話をしました。イザヤは、紀元前8世紀南ユダ王国でウジヤ、ヨタム、アモツ、ヒゼキヤ、そしてマナセという王たちの時代に60年間にわたって預言者活動をし、…

蒔く者と刈る者がともに喜ぶために

ヨハネ4:36−38 2013年教団総会派遣礼拝説教 「すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る』ということわざは、…

量るように、量られる

マタイ7章1−6節 民数記12章1−10節 フクジュソウ(福寿草)1 主があなたをさばく物差し 「7:1 さばいてはいけません。さばかれないためです。 7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからで…

空の鳥、野のゆりを師とせよ

マタイ福音書6章25-34節の講解 いのちのについて何を食べようか、何を飲もうか、からだについて何を着ようかと思い煩ってはいけない。思い煩うと、心が天の父とこの世に引き裂かれてしまうから。いのちをくださった天の父は、これを養う食べ物をくださるし、…

この世を天国のように生きる

マタイ6:19−24 1 お金というもの イエス様は、施し・祈り・断食という三つのことを取り上げて、人の目ではなく父なる神様の目を意識して生きることを教えてくださいました。私たちの天の父は、隠れたところで私たちのことをいつも見守っていてくださ…