苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

キリストは走り寄る

ルカ福音書15章1節から24節
 
 
 イエス様が取税人・罪人と親しく話をしていました。取税人・罪人というのは、当時の社会のなかでごろつきのような人々でした。それを見て、当時の社会でもっとも真面目な人たちパリサイ人、律法学者たちはイライラしていました。「きよい聖書の先生ともあろう者が、あんな連中と親しくするのはおかしい」と思ったのです。彼らは言いました。「この人は、罪人を受け入れて食事までいっしょにする。」そこで、イエス様は御自分を三つのものに譬えてお話をなさいました。
 ひとつ目は羊飼い。羊飼いは、100匹の羊を連れて野で飼った後、数えてみると99匹しかいないとなると、「まあいいや。99匹いるから。」とは言わないでしょう。いなくなった一匹を必死になってさがして、見つけ出したら大喜びするでしょう。あたりまえでしょう。その迷子になった一匹というのは、君たちが嫌っている取税人・罪人なんだよ、ということです。
 また、イエス様は御自分を銀貨(五千円くらい)をなくしたおばちゃんに譬えます。へそくりを数えていたら、ポロリと落として物陰に見えなくなってしまった銀貨。おばちゃんは必死になってさがします。見つけたら、大喜びで「なくした銀貨が見つかったの。」と井戸端で近所の友だちにまで話して喜ぶでしょう。失われた銀貨は、君たちが嫌っている取税人・罪人のことですよ、と。
 そして、三つ目は、イエス様は御自分を二人の息子をもつお父さんにたとえました。家の責任を感じているきまじめな長男はパリサイ人・律法学者のことです。家に対する責任がない次男というのは、たいてい夢みたいなことばかり考えています。この次男は取税人・罪人を表しています。


1.キリストとあなたの関係


 イエス様は、御自分を人間にとってお父さんなのだと譬えられました。それは、父から子が生まれて、子が父に似ているように、私たちはイエス様に造られイエス様に似た者であるからです。
「そして神は『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。』 神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」(新改訳第二版 創世記1:26,27))
 新約聖書のコロサイ人への手紙1章15節を読むと、「御子は見えない神のかたち」だとかかれています。まことの神さまは、世界が存在する前から、父と御子と聖霊にある愛の交わりに生きていらっしゃいますが、人間の創造にあたって、私たち人間を「神のかたち」にしたがって造ってくださいました。その「神のかたち」とは御子イエスさまのことです。御子は御父とうりふたつですが、父なる神さま、その御子イエス・キリストをモデルとして、人間を創ってくださったのです。
 みなさんは何かの機会で撮った集合写真をもらうと、誰の顔を最初にさがすでしょうか。自分の顔でしょう。どんなふうに映っているかなと気になるものです。「目をつぶっていないかな。横を見ていないかな。」と。同じように、イエス様にとっては、あなたという存在は、とても気になる存在なのです。「元気にしているかな。あれ、しょんぼりしているなあ。」「わたしのことを忘れてはいないかな。」「あんな悪いことを考えているぞ、困ったもんだなあ。」などと。イエス様はあなたに関心を持っていらっしゃるのです。
「わたしの目に、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。」と。


2.人間の罪


 さて、ある日、息子はお父さんに言いました。「おやじ。俺に財産の分け前をよこせよ。」つまり「どうせあんたも間もなく死ぬんだ。死んじまうまえに俺に財産の取り分くれたった良いだろう。」というわけです。そうして、彼は自分の相続した田畑を売り払ってお金に代えて、さっさと遠くへ出かけて行きました。豚を飼っているところ、というのですから、ユダヤ人とは生活も文化もちがう遠くです。
弟は何を望んだのでしょう。父親の監督から離れて好きにやってみたいということでしょう。息子はなるべく父親から遠いところに行きたいと願いました。そこで、父なしで、自分の力、自分の判断でなんでも決めて生きてゆきたいと思ったのです。 しかし、これは自立ではなく、ただの恩知らずでした。都会に出て飲んだり食ったりしているけれども、それは実の所すべて親掛かりだったのですから。
 さて息子は、父のもとを去って遠くの町で、酒と女とばくちに溺れてしまいます。カネがあるうちは友だちがたくさん出来たように思いました。けれども、気が付いたらそろそろ懐がさびしくなってきました。すると、金の切れ目が縁の切れ目です。友達は寄り付かなくなりました。
 彼は、人に頼る者、この世の者に頼ることのむなしさを彼は知るべきでした。しかし、彼は「いまさら、親父のところにどの面を下げて帰ることができるものか」と、父のもとに帰ろうとはしませんでした。
 さらに追い討ちをかけて飢饉がやって来ました。あっというまに財布は空っぽになりました。けれども、彼はなお意地を張って父のもとに帰らず、豚の飼い主に身を寄せました。しかし、豚のえささえも食べさせてもらえませんでした。そして、ついに彼は「我に返り」ました。そして、「おれはいったい何をしているんだ。とうさんの家では雇い人でさえ腹いっぱい食べているのに、息子の自分はここで今にも飢え死にしそうだ。」そうして、彼はようやく父の家へととぼとぼ歩き始めるのです。

 私は神戸市須磨区の千鳥幼稚園という須磨教会という教会が運営する幼稚園に通っていました。幼稚園では「しゅうちゃん」は良い子をしていました。卒園するときに、「みなさんは卒園してからは、日曜日は毎週教会学校に来てくださいね」といわれて、「は〜い」と応えましたが、以後、小学校、中学校、高校、一度も教会学校に行きませんでした。それどころか、高校生になるころには、世界史で魔女狩りや十字軍の勉強などしてキリスト教会に対して批判的になっていきました。
 でも、高校三年生の秋のある日曜日、受験勉強をしに図書館に行って、夕方に家に帰ってくると、半年ほど病んでいた祖母が家で自殺していたのです。ちょうど母が買い物にでかけたすきでした。私は最初の発見者になってしまいました。首をくくった祖母を見たとき、わたしの心の中には「なんでこんな死に方をする。あとの者の迷惑じゃないか。」という祖母を非難することばが湧きあがってきました。自分でも驚きました。そうして、警察に連絡をしてから、祖母を抱いて下ろしました。まだ暖かかった祖母は、私の腕には小さく軽くなっていたのです。そのとき初めて、「おばあちゃんごめんね、寂しい思いをさせてしまって。」という人間らしい気持ちになりました。
 葬儀になりました。「十七歳といっても男だねえ」と親戚が私のとった行動についてほめてくれるので、私の心は増長して行きました。でも、一方で、自分は生まれたときからいっしょに暮らしてきて、寂しい思いをして死んだ祖母の亡骸に対して、「なんでこんな死に方をするんだ」ということばを投げつけるような冷酷な人間なんだという事実に愕然としてしまっていました。自分は良い子で、もっと思いやりのある、愛のある人間だと思っていたのですが、とんでもないことでした。自分がこんな人間だったとは思いもよりませんでした。
 私たちはたいてい「自分は結構いい人間なんじゃないか」と思い込んで生きています。特に何もないときはそうなのですが、自分の立場が脅かされるような出来事に直面する瞬間、あるいは、欲がからむ出来事に直面するとき、化けの皮がはがれて、醜いエゴイズムに満ちた正体が現われてしまいます。原罪です。
 まっくらな心の風景のなかで、遠くに光が見えました。それは十字架についたイエス様でした。その事件の一ヶ月前、夏休みに、とある機会から私は「塩狩峠」という映画を見たのです。そのなかでひとりの牧師さんが雪の中で、「ヤソはあっちにいけ」と石を投げられながら、熱心にキリストの十字架の愛を語っていた場面を見たのを思い出したのでした。牧師は「父よ。彼らをおゆるしください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです。」という十字架上のイエスのことばを話していました。
自分には愛などなかった。この世のどこにもほんとうの愛などないようだ。でも、もしほんとうの愛があるとしたら、あのキリストにはあるのだろうなあ、と思ったのです。私はこんなふうに「われに返って」小さな頃に聞いたキリストの方へとゆっくりと帰り始めたのでした。実際に教会に行ったのはその1年半後のことです。
 私たちも人生のなかでさまざまな困難な状況に置かれることがあります。なんのために自分は生きているのかと自問しないではいられないような時というのがあるものです。それは神があなたを呼んでいらっしゃるときです。「さあ、帰って来い」と呼んでいらっしゃるのです。「主を呼び求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに呼び求めよ。」


4.父(キリスト)は走り寄る


 さて、一方、父親は息子が家出してからというもの、息子が背を向けて歩いていった道を見ていました。あの子はいつ帰ってくるか、いつ帰ってくるかと待ちわびていました。
 いったい何ヶ月、あるいは何年たったのでしょう。ある日、あの道に人影がちらりと見えました。乞食のようにぼろをまとっています。何か月も風呂に入っていないので垢で色も黒くなっています。髪はボウボウです。靴も履いていません。が、たしかにあの次男坊です。それとわかると、父はかわいそうに思って、矢も盾もたまらず走り出しました。
 息子は言います。「お父さん、私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。・・・」しかし、父親はその言葉を最後まで言わせず、ガバと抱き寄せて、垢にまみれ豚の小便で臭くなった息子に、何度も何度も接吻するのです。そして「雇い人ではない。お前は私の子だ」というあかしの指輪をはめさせます。そして牛をほふってのお祝いです。
 こんなことがありえるのでしょうか。「いまさら、どの面を下げて帰って来た。」というのがこの世の普通の人ではないでしょうか。先祖の田畑を売り払ってさんざんやりたい放題して、おめおめ帰って来た息子を、こんな手放しに迎える親など人間のうちにいるでしょうか。ドラマのなかにはあっても、現実にはいないのではないでしょうか。不思議な父親です。
 これは御子キリストの姿です。御子は、見えない神のかたちです。そして私たちは御子に似せて造られました。それにもかかわらず、私たちは生まれながらには、キリストに背を向けて生きています。キリストに背を向けて生きながら、時々「ああ、むなしいなあ」「何のために生きるのだろう」とつぶやきます。キリストが見えないでいると、自分の生きる意味も目的も、自分の価値もわからなくなります。わからなくて、他の人と比べたりして、傲慢になったり劣等感をもったりします。
 そして、キリストが見えないでいると、他の人を赦すことも、愛することもできなくなり、そんな自分のこともいやになります。なぜなら、本来人は隣人を愛するために造られているから、その目的から逸脱すると苦しいのです。そして、キリストに背を向けた人生の最後は、むなしさのきわみであるゲヘナで永遠にすごすことになってしまうのです。
 しかし、キリストはそんな私たちのことをかわいそうに思ってくださいました。助けてやりたいと思ってくださいました。そのあわれみのあまり、天の栄光の御座を捨てて、この罪に満ちた不潔な世界に来られました。私たちが住んでいるこの世界に駆け下ってきて、罪にまみれた私たちを抱いてゆるしてくださったのです。ご自分の十字架の苦しみと死に代えて私たちを救ってくださったのです。
 キリストの愛は罪で臭く垢まみれになっている私たちに駆け寄り、抱きしめ、接吻してやまない愛です。
「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、 2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、 2:8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。」
 キリストがこれほどにあなたを愛していらっしゃるのですから、あなたも神のみもとに帰るべきです。あの息子のように、「ごめんなさい。イエス様。わたしはあなたに背を向けて生きてきました。」と立ち返ってください。