苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

地引網出版

 今回、『新・神を愛するための神学講座』を地引網出版から出したことについて、「なぜ?」と聞かれることがあります。そう聞く方はたいてい「あれはペンテコステ系で、水草さんとは系統が違うんじゃないですか。」という含みを持って、そう言われるようです。
 地引網出版から出させていただいた理由のなかで一番大きなことは、編集者谷口兄との出会いです。出会いと言ってもじかにお目にかかったことはないのですが、『舟の右側』という雑誌に何度か連載させていただくなかで、編集者がたいへん的を射た指摘、質問、時にはダメ出しをしてくださったのです。
 過去、ほかの二つのキリスト教誌に文章を載せていただいて、編集者とかかわったことがあります。一つは、あまりにも注文が多すぎて執筆者をコントロールしようとする姿勢が強すぎる編集者でした。「それほど注文があるなら、ご自分で書かれては。」と思いました。そのキリスト教誌は、私から見ると無個性な文章が並んでいるという印象を受けました。もう一つは正反対で、まったく注文を付けずに私の原稿の誤字脱字もノーチェックで掲載してくれるというか、掲載してしまう、編集者でした。その雑誌に載る文章は、どれもこれも個性的で、面白くはありました。問題も感じましたが。
 地引網出版の編集者は、上の二つの両極端と違い、執筆者の個性を生かし引き出しつつ、指摘すべきところはきちんと指摘することができる方です。これが地引網出版から今回の出版をした理由の第一の理由です。

 第二の理由は、私は聖書を神のことばであると信じている教会が、殻に閉じこもって自分だけが正しいと思っていないで、心を開いて、聖書に示された神様のみこころを求めることが大事だと思っていることです。一方で、教派というものも個性として意味はあると思っていますが、閉じこもってお山の大将というのはあんまりよくないと思います。
 第三の理由は、出版して仮りに売り切れた後は、私が自分のHPなどに原稿を公開することを認めてくれたからです。
 そうして、第四の理由は、ある先生からうかがったのですが、編集者の福音宣教にかける使命感の確かさです。応援したくなりました。