苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

小畑進先生 召天


 「昨日11月26日午後11時2分、小畑進先生召天」との報せを今しがた受けました。心臓突然死という死因。つい先ごろ10月29日にキリ神同窓会で久々にお目にかかり、使徒の働き17章から「アテネパウロ」という東西思想に広くかつ深く通じた碩学の伝道者ならではのご講演をうかがったばかりなので、にわかには信じがたい思いです。(10月29日参照http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20091029
 ご遺族は夫また父である先生の厳命にしたがって葬儀はせず、ただちに奈良医科大学白菊会に献体されるそうです。先生は日ごろより家族に、「ただ主の栄光のみが現れるように」との願いから、「死亡通知は勿論、葬儀など一切無用、直ちに献体すべし。」と強く申しつけておられたとのこと。カルビニストとしてのみごとな最期。ジュネーヴの改革者カルビンは己が亡骸を共同墓地に埋葬させて、自分のために墓碑を立てさせませんでした。あのモーセの死のように。「主は彼をベテ・ペオルの近くのモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓を知った者はいない。」(申命記34:6)
 とはいえ、小畑先生は厳格いっぽうの教条主義者ではありませんでした。そのやさしい羊飼いのことばで多くの人を主のもとに導かれ神の民を牧されました。その目は神の作品である天然の美を愛で、被造物の美を通じて神を賛美する豊かな宗教の世界を味わっておられました。そしてその燃える情熱をもって、どれほど多くの若者を主の福音のために奮い立たせられたことでしょう。小生もそのひとりです。
 神の栄光を現わすことに徹し、かつ、神を永遠に喜ぶという人としての主要な目的に歩み、今、到着すべき永遠の都に帰られた小畑進先生。奥様からの報せの結びには、つぎの讃美歌が掲げられてありました。御国で主の前に欣喜雀躍する先生の姿が目に浮かびます。
「さちなるかな、とわのすくい 望みてよろこぶ 神の民は」讃美歌283