「美樹さん」
「つぎえさん」
「悦子さん」
「トヨセさん」
「治恵さん」
この教会では、男性たちがこんなふうに人の奥さんのことを呼ぶ。もう17年も前、こちらに引っ越してきたときは、ちょっと躊躇したものだった。教会の中だけのことではない、地域全体がそうなのだ。「美樹さん」と呼ぶのは良いほうで、地元の人同士だと、人妻でも「美樹」なんて呼び捨てにしてしまう。
もし都会で人妻をファーストネームで呼んだら、まして呼び捨てにしたら、その旦那に、「おまえ、俺の家内とどういう関係だ?」とかんぐられてしまう。へたすると殴られるかもしれない。だから、たいていは「鈴木さんの奥さん」「佐藤さんの奥さん」「田中さんの奥さん」と呼ぶことになる。
なんでこの地域では、人をファーストネームで呼ぶのか?アメリカ文化の影響か?いやいや、それは、苗字が少ないので、名で呼ばないとだれだか特定することができないからだ。特に、井出さんは南佐久郡全体に圧倒的に多く、小海ではそれについで篠原さん、南相木だと中島さんが多い。ほかに小池さん、黒澤さん、新井さん、新津さんといった苗字ごとに集落をなしている。苗字を聞けば、だいたいどの集落の人がわかる。
当然、井出さんについては同姓同名という現象も生じがちなので、学校の同じクラスにたとえば「井出けいすけ」くんという同姓同名の子どもがいるというのも珍しくない。そういう場合、ファーストネームでも特定できないので、地域名をつけて、「本間のけいすけ」「元町のけいすけ」と区別する。日本人のほとんどに苗字がなかった時代、「清水の次郎長」とか言ったように。イエス様の時代、イスラエルでは苗字がなかったので、「ナザレのイエス」と出身地名をつけたのと同じだ。韓国でも金さん、朴さんといった名が多いから、きっと似たような状況だろう。
最近一般に聞く女性たちの意見では、「だれそれさんの奥さん」と呼ばれるよりも、ファーストネームで呼んでもらえるほうがうれしいとのこと。そうでないと「自分は誰それという家の付属物」扱いにされている感じがすると言われる。その上、自分の夫にまで「おい」としか呼ばれないとしたら、悲しいだろう。ファーストネームで呼びかわす習慣は、都会であってもよいことなのかもしれない。
神は私たちを、その名で呼んでくださる。
「神は『アブラハムよ』と呼びかけられると・・・」創世記22:1
「するとイエスは、彼に答えて言われた。『バルヨナ・シモン』」マタイ16:17
「主は答えて言われた。『マルタ、マルタ。・・・』」ルカ10:41