沖縄聖会での三回のアブラハムの生涯に関する説教奉仕が終わりました。また、今日の午前中は読谷聖書教会でのご奉仕がありました。かつて米軍将兵の家として造られたコンクリート住宅を買い取って会堂として用いている教会です。
今回は時間的余裕があり、土曜日はひめゆり平和祈念資料館とガマ、主の日午後はなんとかビーチに連れて行ってくださいました。車の中で色々なことを教わりましたが、その一つは沖縄方言の音韻です。それは「あいうえお」が「あいういう」と変化していることです。
こがね→くがに
いのち→ぬち
おきなわ→うちな (「き」が「ち」になることもあります)
うちなんちゅ→沖縄の人
うみんちゅ→海の人(漁師)
有名な「ぬちどぅ宝」は、「いのちが宝」ということです。このことばは、琉球王国の最後の王である尚王が薩摩藩が服属を求めて来たときに、多くの民を犠牲にして、滅びてもよいから最後まで薩摩に抗って戦うべきか、それとも服属するかと選択を迫られたときに、あくまで戦うべしとする民に対して告げたことばなのだそうです。王は、自らが退位して民のいのちが保たれることを選んび、主戦派の民に君たちは生きるべきだ、いのちが宝だからと語ったそうです。