日本同盟基督教団宣教130周年記念大会がオンラインで開催されました。オンラインで行われたおかげで、北海道にある教会もきちんと参加することができたことは大変感謝なことでした。コロナにもこうした良い点もありますね。
全体集会における2回にわたる朝岡理事長の説教は、ピリピ書1章3‐6節に基づくもので、胸打たれ宣教の情熱を燃やされました。ほんとうにこの時代に立つべき方が理事長として選出されたのだ、と思いました。
教団130周年記念大会の分科会はLGBT+に関する会に出ました。一部紹介します。講師は都内のS神学校の講師の一人だそうです。
まずLGBT+にかんする西洋の歴史を概観すると、キリスト教以前の古代ギリシャ世界では肯定され、キリスト教が広まるにつれ否定され、啓蒙主義者によるフランス革命以降、キリスト教の影響が後退するにつれて、肯定する人々が現れ、多元主義の現代ではますますそうなって、欧米ではLGBTの権利を保護する法制化も進んでいる。
今日、米国の教会では、自由派は肯定、保守派は否定と、二分している。(水草:自由派とは啓蒙主義的理性で聖書を単なる古代文献と読む立場であり、保守派とは聖書の神の啓示としての権威を受け入れている立場です。)
教団130周年記念大会の分科会はLGBT+に関する会に出ました。一部紹介します。講師は都内のS神学校の講師の一人だそうです。
まずLGBT+にかんする西洋の歴史を概観すると、キリスト教以前の古代ギリシャ世界では肯定され、キリスト教が広まるにつれ否定され、啓蒙主義者によるフランス革命以降、キリスト教の影響が後退するにつれて、肯定する人々が現れ、多元主義の現代ではますますそうなって、欧米ではLGBTの権利を保護する法制化も進んでいる。
今日、米国の教会では、自由派は肯定、保守派は否定と、二分している。(水草:自由派とは啓蒙主義的理性で聖書を単なる古代文献と読む立場であり、保守派とは聖書の神の啓示としての権威を受け入れている立場です。)
世界中でLGBTの人権を守る法整備がされているのは欧米諸国で、逆に、それに厳罰を科する法があるのは中近東の国々であり、日本にはLGBTについて何ら法的扱いがない。(水草:これは欧米諸国の啓蒙主義による非聖書化と、今も旧約聖書の律法をもつイスラム圏の道徳観の違いです。)
・・・とまあ、ここまでは実情レポートでした。
いただけなかったのは、「聖書釈義については自由派と保守派はそれぞれの主張のバイアスがかかっているから、水掛け論にしかなりません」と前置きして、実際に講師が肯定的に紹介したのは、自由派の釈義だったことです。
いただけなかったのは、「聖書釈義については自由派と保守派はそれぞれの主張のバイアスがかかっているから、水掛け論にしかなりません」と前置きして、実際に講師が肯定的に紹介したのは、自由派の釈義だったことです。
講師は、ご自分は自由派と保守派の中立の立場に立っているつもりのようでした。しかし、Aさんの真理とBさんの真理は、それぞれちがっていてよいというのは、多元主義の価値観なのですから、講師の「自由派も保守派もそれぞれバイアスがかかっていて、それぞれ真理です」という主張は、すでに自らを多元主義者であることを表明しているのです。きちんと釈義的基準を立てて、その基準にそって釈義をした結果で是非を論じるのでなければ、正しい議論になりません。もし、ご自分にそうした釈義的能力がないと思うならば、この件については話すべきでなかったでしょう。
他に同じバイアスを感じたことがありました。性のアイデンティティのことで悩んだ末に死を選んでしまったかわいそうな少女の話は紹介されましたが、性転換手術を開発したジョンズホプキンス大学医学部は、追跡調査により性転換手術者の自殺率が一般の人の20倍ほど高くなっていることが判明して方針を変えたことは紹介されなかったのです。ご存じなかったのかもしれませんが、ご存じないとすれば、講師の読む資料が肯定派のものに偏っているからでしょう。