苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

神の王国の視点で聖書を鳥瞰する

神は世界を創造して、人間にご自分の代理としてこれを治めるように命じた。すなわち、神のご支配(王国)を地にもたらそうとした。(創世記1:26,27)

 

 しかし、人間は悪魔に誘惑され、神に背いて堕落し(創世記3章前半)、罪と悲惨と死、悪魔の暗闇の圧制下に置かれることになった(コロサイ1:13)。そこで、神は「蛇の頭を打つ女の子孫」の到来の約束を与えた(創世記3:15)。

 

 イエス・キリストは、王として来られた。王の到来とはすなわち王国の到来である。「悔い改めなさい。天の王国が近づいたから。」(マタイ3:2)これが初臨。初臨から再臨までの間の期間(世界宣教の期間)を聖書は「終わりの時(日)」と呼ぶ(へブル1:1,2)。

 

 十字架で贖罪のわざを完成し、昇天して王座に着いたキリストは(エペソ1:22,23)、教会にみことばの教師たちを立て、みことばによって教会を統治する(エペソ4:7-11)。キリストの名において集い、みことばが語られ、聴かれるところに、王なるキリストは現臨し(マタイ11:20、ヨハネ14:20,26)、神の王国が現われる。

 

 やがて王なるキリストは世の終わりの終わりに再び到来して、神の王国は完成し、神の民はキリストの共同相続人として王として、世を治める    (黙示録21,22章)。