マタイ14:13-36 創世記46-47章
創世記46:1-3
46:1 イスラエルは、彼に属するすべてのものといっしょに出発し、ベエル・シェバに来たとき、父イサクの神にいけにえをささげた。
46:2 神は、夜の幻の中でイスラエルに、「ヤコブよ、ヤコブよ」と言って呼ばれた。彼は答えた。「はい。ここにいます。」
46:3 すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。
愛する息子ヨセフが生きている!という報せを聞いて、ヤコブは一族引き連れて約束の地を旅立って、エジプトに下ろうとしていた。だが、彼はベエル・シェバまでやってきて立ち止まった。恐れを感じたのである。祖父は約束の地を捨ててエジプトにくだって過ちを犯したと聞いている。父も同じ過ちを犯しそうになったことがあった。自分はまたも情動にかられて過ちを犯そうとしているのではないか?と。自分は欲望・強い自我で突っ走って、幾度となく厳しい主のお取り扱いを受けてきた。このままエジプトに下ってよいのか?とヤコブは恐れていた。
だから、主は恐れるなとおっしゃり、このたびはエジプトに下ることが主のみこころだと、主ご自身が告げられた。
母の胎内にいたときに兄と争っていたという記述から始まる、ヤコブの苦難に満ちた生涯を味わうとき、粘土の塊を力強くこね回してとがった石ころを取り出して良い器を作り上げる陶器師としての主の御手を見る思いがする。
なしたまえ汝が旨 陶匠(すえつくり)、我が主よ
われはただ汝が手の うちにある土くれ (新聖歌394)