苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

カエルと人間

 「受験戦争でおれの青春は灰色だった」とか、「初恋をしてルンルンであたしの青春はばら色だったわ」という人がいるかもしれないが、筆者の青春はみどり色だった。以前にも書いたが、私は中学二年生から高校三年生までモリアオガエルを追っかけまわしていたからである。
 カエルと人間は似たところがある。人間には尻尾がなく、カエルにも尻尾がない。だから人間は魚のまねをして泳ぐことはできないが、カエルのまねをして泳ぐことはできる。
 またカエルと人間が煮ているなあ、いや似ているなあと思うのは、その習性である。ビーカーにカエルを入れて、その下に石綿を二枚重ねくらいにして、その下からアルコールランプでゆっくりと温めて行くと、カエルは「ああ、ぬるくなってきたなあ。・・・いい湯だなあ・・・・あれ、少し熱くなってきたような・・・・あれちょっとやばいかも、出ようかな・・・ほんとにやばいかな、でも・・・・(××)」というふうにして、ビーカーから飛び出す決断ができないまま煮えてしまうという話がある。単なる都市伝説かもしれないが。
 9月1日は防災の日であるが、1923年のこの日、相模湾沖を震源とする巨大地震(小田原地震)が神奈川・東京はもちろん茨木・千葉から静岡東部までを襲った。過去を調べると、この地震は1633年、1703年、1782年、1853年、1923年と70年〜79年を周期として正確に起こってきた。だが、1923年以後は来ないままに83年経ってしまった。この地震は近々必ずやってくる。それがわかっているけれど、火災対策もライフライン対策も交通対策もほとんどできてはいない。ラジオで聞いたのだが、首都圏で震度6の地震があれば、停電は1週間、断水は1ヶ月くらい続くだろうと言っていた。650万人の帰宅難民、一都五県で700万人の避難者が発生するのだそうである。やだなあと思ったのは地下鉄。江戸川が氾濫して地下鉄に入り込むと、網の目のようにめぐらされたすべての地下鉄に広がり、地下街すべてが水没する。対策はたった7つのゲートだけ。いくら人間がカエルに似ていても、すいすい泳いで水から逃げるわけには行かない。
 こんなことがシミュレーションできているのに、「ああそろそろ関東大地震、来るのかなあ。・・・あれ、ほんとに地震、近そうだなあ。・・・・東日本も起こってほんとにやばそうだぞ。・・・・」今このような状況である。それでもなお、人々は営々とこの危険な都市に生活し続けている。筆者も仕事があって、毎週のように上京する。この点、カエルと人間は、ほんとうに煮ている。いや似ている。
 もっともこれは地震原発にかんしてだけではない。死についていうならば、私たちは常にうかうかと時を過ごしてしまっている。「四季はなほ定まれる序あり。死期はついでを待たず。死は前よりしも來らず、かねて後に迫れり。人みな死ある事を知りて、待つ事、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。」と兼好法師がいうとおりだ。
 きょうという日の終わりに、主にお目にかかることを意識して生きる。そのように生きられたら、と思う。一日一生。

アマガエル

地震対策はこちらが参考になる。現状では、東京はほとんど何も対策できていない。
 特に、これはと思ったのは地下鉄。江戸川が氾濫して、地下鉄に水が入り込んだら、地下鉄は穴がつながっているので東京都すべての地下鉄と地下街が水没する。ごく一部(7箇所)にしか防水ゲートは設けられていない。水の都大阪の地下街はさらにものすごい規模である。<追記> 第二段落のゆでカエルの話は都市伝説だということ。