苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

パスカル・・・被造物の多様な秩序ordreを

*今回書くことは、あれこれの本に書かれている「パスカルにかんする常識」ではなく、筆者なりの理解です。

〜〜〜〜〜〜〜
 おなかの調子が悪いので医者にかかったら、「私は呼吸器の専門でして、消化器のほうはどうも・・・。」と言われた経験があるだろう。医学は外科、内科、整形外科程度の分類ではなくなり、各器官の専門化が進んでいる。医学のみならず、現代はあらゆる分野で専門分化が進み、全体を見渡すことができなくなり、それぞれの専門家が自分のタコ壺のなかで、おれが一番偉いと思い込んでいる。
 パスカルの思想の特色の一つは、世界には多様な存在の秩序(ordre)があり、それぞれにふさわしい認識の方法があるということをわきまえていたことである。たとえば、神学や歴史のように文書資料に依拠する学問の場合、権威と真理が不可分の関係にある。つまり、その著者と書物の権威によって真理が保証される。このことをパスカルはプロヴァンシャル論争で身につけた。
 また、自然学においては、実験が唯一の原理である。当時は、権威あるアリストテレスの書物が「自然は真空を嫌悪するゆえに、真空は実在しない。」と言うことを根拠として、真空はないと主張されていた。彼らの誤りは、自然学に権威を持ち出した点にあった。しかし、パスカルは実験をもって真空の実在を証明した(「真空論序言」)。
 また、パスカルは純粋論理の対象である幾何学の分野と、感覚対象となる自然を分野とするばあいにも、認識原理の違いがあることを明らかにした。デカルト幾何学的推論を自然の理解に持ち込んだ。世界は精神と物体から成っているとし、精神の本性は思考であり、物体の本性は延長(ひろがり)であると前提した。すると、延長がありながら物質が存在しない「真空」は論理的にありえないから、真空は実在しないと主張した。つまり幾何学の論理を自然学に持ち込むという過ちを犯した。しかし、パスカルは、実験によって、真空が実在することを証明した。幾何学においては論理だけが認識原理だが、自然学の認識原理は実験である。デカルトは、一世代下の天才青年パスカルから真空論についての論文をよこされて、それを受け入れられずに不機嫌になったという。
 また、パスカルは人間の生の全体については、「幾何学の精神」の分析によってでなく、「繊細の精神」によって把握されるという。定義と原理を立てて推論する「幾何学の精神」では、美や道徳的価値を含む人間の生のありさまは捕らえられない。デカルト幾何学の精神でもって世界全体を捕える普遍学ができると思ったが、実際には世界の幾何学的論理的側面の絶対化による妄想を見ただけだった。
 「繊細の精神」が具体的な生を把握する。パスカルは、モラリストの一人として、人の世の移り行きpassageをそのままに把握する「繊細の精神」をもって、人の生のありのままを写し取ることができた。モラリストというのは、人間の生活の風俗、心理、はかなさ、醜さ、美しさをありのままに描きとり、そこに人間の生き方について省察を深めたフランスの思想家たちのことである。彼らは抽象的な形而上学に価値を置かない。モンテーニュはその代表であり、アランは現代のモラリストである。
 このようにパスカルは、現実には多様な秩序があり、それぞれに応じた認識の原理があることをあきらかにした。まとめると次のようになる。

  (分野)          (認識の原理)
  神学・歴史など・・・・書物・著者の権威
  幾何学・・・・・・・・・・演繹的論理
  自然学・・・・・・・・・・帰納的実験
  人間の生・・・・・・・・・繊細の精神

 さらにパスカルは、肉体の秩序、精神の秩序、愛の秩序という三つの秩序について述べているが、それは別の機会に書きたい。神はパスカルに、数学者、自然科学者、文章家、モラリスト神学者としての天分をお与えになり、パスカルはそれぞれに認識原理の違いがあることを見いだした。ただ惜しまれるのは、自然科学界は彼の功績を十分に取り入れたが、近現代にいたる哲学思想の流れは、パスカルからほとんど学んでいない点である。そして、自然科学の目に見える成果に惑わされて、自然科学が認識の理想モデルと錯覚することによって、神学も歴史も人間の生も「科学的に」捉えようとして、わけがわからなくなってしまった。
 神が造られた一つの世界には多様な秩序があって、それぞれ適切な認識原理があるのだというパスカルの思想に類似するものは、20世紀オランダの法哲学者ヘルマン・ドーイウェルトにある。彼はこの世界は15の様態的側面modal aspectから成っていて、それぞれ領域的主権を持っているという。ドーイウェルトについては、「カーテンは必要か?」「一つのものさしとつまらん世界」「存在論的にすぐれたおにぎり」を参照されたい。


<リンク>
カーテンは必要か?
  http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20090528/1243504451

ひとつのモノサシとつまらん世界
  http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20110205/p1

存在論的にすぐれたおにぎり
  http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20091114/p1






   お昼寝