文章を書くことは仕事の一部なので、谷崎や川端や丸山など文章読本とかコラムニストの文章論などはいつくも読んできた。三島は肌が合わないので避けたけれど。大家や有名なコラムニストの文章読本の教えのうちで、私にとって役に立ったのは元祖文章読本の谷崎の文と文の「間」の教えくらいだった。どれを読んでも魅力ある文章の本質とはなんなのかについて、わかった気がしなかった。
「読ませる文章」の本質というものに触れた気がした本は、現役の高校の国語教諭が書いたこの小さな実用書が初めてだった。『800字を書く力』。たいてい難解語彙を避け、平易な文がよいのだというけれど、難解語彙を用いていてもついつい読み続けないではいられない文章もあれば、平易だけれど読み続けるのが苦痛な文章もある。美文がいやらしくても読まないではいられないのもあれば、美文が鼻についてすぐに読み捨ててしまう文もある。志賀直哉みたいな一文一文が短いのがよいと一般にいうが、意図的に長々しくくねくねと書いていても読まされてしまう文章もある。
ということは、語彙の難易とか、表現の美醜とかいったことは、それが「読ませる文章」であるかどうかを決める要素ではないらしい。では、「読ませる文章」の本質とはなにか?それは読み進むにしたがって、新たな視野が開かれていく文章なのだ。文章を読む楽しみは、山登りの楽しみに似ている。登り続けていくと、新しい展望が開けていくのだ。だからやめられない。なるほど、とひざを打った。
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