苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

偽預言者を見分ける方法

 主イエスは、世の終わり、再臨の前兆として、偽預言者が現われるから、惑わされないようにと教えられた。「また、偽預言者が大勢現れて、多くの人を惑わします。」マタイ24章11節。

 主イエスは、偽預言者を見分ける方法を、山上の説教末尾で教えた。マタイ7章15-24節。

「15**,偽預言者たちに用心しなさい。彼らは羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、内側は貪欲な狼です。**
16**,あなたがたは彼らを実によって見分けることになります。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるでしょうか。**
17**,良い木はみな良い実を結び、悪い木は悪い実を結びます。**
18**,良い木が悪い実を結ぶことはできず、また、悪い木が良い実を結ぶこともできません。**
19**,良い実を結ばない木はみな切り倒されて、火に投げ込まれます。**
20**,こういうわけで、あなたがたは彼らを実によって見分けることになるのです。**
21**,わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。**
22**,その日には多くの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言し、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの奇跡を行ったではありませんか。』**
23**,しかし、わたしはそのとき、彼らにはっきりと言います。『わたしはおまえたちを全く知らない。不法を行う者たち、わたしから離れて行け。』**
24**,ですから、わたしのこれらのことばを聞いて、それを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人にたとえることができます。

 特に注目すべきは、7章22節にあるとおり、偽預言者は、主イエスの名によって預言をし、主イエスの名によって悪霊を追い出し、主イエスの名によって多くの奇跡をしきりに行い、かつ、そうしたイエスの名によって行った預言や奇跡が自分が救われるべき根拠であると、しきりに、主に訴えているということである。イエスの名によってさまざまな不思議を行うのだから、本物だと思ってはいけない。むしろ、偽預言者は、預言や奇跡や悪霊追い出しで自己宣伝するのが特徴であるから、本物かどうかを判別する必要がある。

  偽預言者か、本物の預言者か、という識別のしるしは、エスの名によって行われる奇跡的なわざでなく、「良い実」を結んでいるか、「悪い実」を結んでいるかということだと主イエスは教えた。「良い実」とは、主イエスがここまで山上の説教で教えられたような清く、愛に満ちた誠実な生き方を実践していることである。言い換えれば、それは主イエスに似た品性であり、パウロの表現でいえば、御霊の実である。ガラテヤ5章22,23節「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」である。
  他方、偽預言者の「悪い実」とはキリスト的品性と逆である。ガラテヤ5章19-21節「肉のわざは明らかです。すなわち、淫らな行い、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、遊興、そういった類のものです。以前にも言ったように、今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。このようなことをしている者たちは神の国を相続できません。」 現代のキリスト教世界においても、偽預言者たちが現われて、信徒たちを惑わしている。インターネットという手段を得て、彼らは容易に教会の中に入り込んでくる。もし、その自称預言者自身が「肉の行い」をしていたら、彼は偽ものである。また、自称預言者の影響を受けた信徒が、肉の行いのリストにあるようなことを行ない、敵意、争い、分裂、分派を引き起こしていたら、自称預言者は偽ものであることがわかる。