北海道にはスキー場と海水浴場のある銭函という珍しい町がある。今は小樽市の一部だが、小樽と札幌の間という日本海に面した町である。快晴の日には、海の向こうには雪をいただいた増毛山地が見えて美しい。、初めて、銭函という名を聞いた時は、ゼニゲバを思い出して、あんまりイメージが良くなかったのだが、実際に訪ねてみると、なんだか素敵な町である。その町の名は、かつてはニシン漁でたいへん栄えて、無論小樽ほどではないにせよ、ざっくざっくと銭がもうかったからだそうだ。文化というのは、たいてい金持ちの道楽として成立するものだからだろう。銭函は小さな町だが、ちょっと風情を感じさせる古い石蔵や建物がわずかながらが残っている。また夏は海水浴場なので、海の家とかホテルや飲食店がいろいろ並んでいる。
町の風情は、起伏ある地形が生み出したものでもある。急峻な山が海岸線に迫り、山から海に向かってはみな急坂で、坂の上から海が望める。その山が冬はスキー場になっている。札幌方面から滑りに来る人々がいるのだろう。夏、銭函は北海道で貴重な海水浴場であるが、たいていは水が冷たいのであまり海には入らないとか。みんなたいていテントとバーベキューセットを持って行って、砂浜で焚火をしながら、寒い寒いといいながら食べるのが北海道式海水浴だそうである。かなり無理をした海水浴場だ。
「スキー場と海水浴場、両方がある町って珍しいなあ」と思っていたら、私の故郷である神戸もそうだったことに気付いた。源氏物語や平家物語にも出てくる白砂青松で有名な須磨の海水浴場には、夏になれば多くの水泳客が芋の子を洗うようで、私も小学生のころ私は須磨寺町の自宅から徒歩で出かけたものだ。また高校生のころ、オフシーズンに友人と砂浜を歩きながら話したものである。瀬戸内の海は穏やかで波の音はせせらぎ程度なので、静かに語らうことができるのだった。神戸には冬は標高900メートル超の六甲山にスキー場があるが、これは人工スキー場だった。銭函は無理しての海水浴場であるが、神戸の六甲山は無理してのスキー場だった。
その銭箱で海辺のそば屋に入った。信州から4年前にやってきた私たちは北海道で、まだおいしいそば屋に出会ったことがないのだ。期待をしたが、出てきたのは手打ちでなく、麺はほとんど小麦がほとんどと思われるような麺であって、そばの香りがしない。ああ、信州のそばが懐かしい。