苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

白鵬のエルボースマッシュ

 横綱白鵬が優勝したけれど、遠藤と言う力士に対して、注意されている「かちあげ」を使ったことで、またも非難の声が上がっている。本来、かちあげは腕で相手力士の胸を押して状態を起こすわざだが、白鵬のそれは相手の顔面に対する肘撃ち、エルボースマッシュに見える。これはボクシングでも危険なので禁じ手とされている。

 注意を受けてからは白鵬はからだを鍛え直して、エルボースマッシュなしでも戦えるようになったので、すごい人だと感心していたけれど、やはり緊急時になるとついエルボースマッシュが飛び出すようである。白鵬のエルボースマッシュがなりをひそめていたので、遠藤も油断していたのかもしれない。

 禁じ手でないならば、相手力士も白鵬に対してエルボースマッシュで攻撃すればよいのに、と思うが、そこは上下関係の厳しい相撲社会であるから、下位力士が、横綱にエルボースマッシュをしてはいけないという不文律があるからできないのだそうである。「法の下の平等」が存在しない世界が、相撲なのだ。これでは、結局、乱暴者の横綱のやりたい放題ということになってしまう。本来ならば、エルボースマッシュを使わないと勝てないようなら、もう横綱の資格はないことを自覚して、さっさと辞めるべきなのだろう。相撲で「法の下の平等」がないのは、「法」以上に「徳」が求められているからだ。

 「徳」が理解されないならば、「法」で縛るほかなくなる。このような状況なら、上級力士しか使ってはならず、危険をともなうかちあげ(エルボースマッシュ)は禁じ手にするほかあるまい。