ダニエル9:14
是をもてヱホバ心にかけて災害を我らに降したまへり我らの神ヱホバは何事をなしたまふも凡て公義いますなり然るに我らはその言に遵はざりき(文語訳)それゆえ、主はこれを心に留めて、災をわれわれに下されたのです。われわれの神、主は、何事をされるにも、正しくあらせられます。ところが、われわれはそのみ声に聞き従わなかったのです。(口語訳)
【主】はそのわざわいの見張りをしておられ、それを私たちの上に下しました。私たちの神、【主】のみわざは、すべて正しいのです。私たちが、御声に聞き従わなかったからです。(新改訳)
主はその悪を見張っておられ、それをわたしたちの上に下されました。わたしたちの主なる神のなさることはすべて正し、それに対して、わたしたちは御声に聞き従いませんでした。(新共同訳)
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ダニエルは、かつて預言者エレミヤが記した書物から「エルサレムの崩壊の時が終わるまでは70年」ということを知った。
「この国は全部、廃墟となって荒れ果て、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える」(エレミヤ25:11)
そのような災いが起こった理由は、神の民イスラエルが主のみことばに背き、偶像の神々にしたがったからであると、ダニエルはエレミヤの書から悟った。そうして、このダニエル書9章の悔い改めの祈りをささげている。
ダニエル自身はバビロンの地にあって、文字どおりいのちをかけて主に忠誠を尽くす生き方をしてきた模範的聖徒である。だが、彼は先祖の罪をわが罪と自覚して、神の前にへりくだっている。まもなくバビロン捕囚は終わろうとしているときに。
七十年という数字が気になる。今年が戦後70年目であり、わが国の首相がなにか談話を発表しようとしているというから。そして、あまりにもダニエルとちがいすぎているから。過去の歴史を修正し、いやむしろ捏造して、自己正当化して胸を張って、いったいどういう意味があるというのか。それは滅びへの道ではないか。
「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。
それを告白して、それを捨てる者は
あわれみを受ける。」箴言28:13
「高ぶりは破滅に先立ち、
心の高慢は倒れに先立つ。」箴言16:18