苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

創造からバベルまで・・・XVI 原福音とアダムの信仰告白

1 アダムの子孫

 なにか罪を犯してしまったとき、「アダムがあんなふうに善悪の知識の木の実から取って食べなければ、私たち人類は悲惨なことにならなかったのに。」こんなふうにつぶやいたことのある読者がいるのではないでしょうか。
しかし、こんな言い訳をするとき、私たちは自分自身があの堕落した夫婦の子孫であることを証明しています。なぜならば、アダムは罪を犯して神から問い詰められたとき、こう言ったからです。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」また女は言いました。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」あのとき、へびはほくそえんだことでしょう。
自分の罪を認めず、その責任を他に転嫁する行為が、「私は堕落したアダムと女の子孫です。」と証明しているのです。
 そういえば、主イエスもパリサイ人・律法学者たちにおっしゃいました。「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは預言者の墓を建て、義人の記念碑を飾って、『私たちが、父祖たちの時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう』と言います。こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。」(マタイ23:29-31)先祖を非難し、自分は正しいとする傲慢でかたくなな心が、預言者を殺した傲慢でかたくなな人々の子孫であることの何よりの証拠であると言われたのです。もし私たちが「私がアダムだったなら、あんな罪は犯さなかっただろうに。」というなら、その態度が自分がアダムの子孫である証拠となるでしょう。
 始祖アダムは罪を犯しました。アダムは自然首長あるいは契約的に人類の代表ですから、法的な意味で、全人類は神様の前に有罪となりました。また、その罪の性質が、どのようにしてかについては遺伝説と創造説がありますが、人類全体にひろがって、わたしたち自身の中にも巣食っていることはまぎれもない事実です。神学的な営みは、机上の空論ではなく、神の前における現実のことなのです。神学をするとき、議論をもてあそぶことばの技術でなく、神の前での生き方がいつも問われます。

2 死の中にいのちを

さて、最初の夫婦が罪を犯したのち、神から裁きのことばが、蛇・女・男の順にかけられました。ところが、その後、アダムは「妻の名をエバと呼んだ。それは、彼女がすべて生きているものの母であったからである。」(創世記3:20)とあります。うつむいていた女は「えっ」と顔を上げて意外なことばにアダムの顔を見つめたのではないでしょうか。なんと意外なことばではありませんか。これまでのアダムの過ちと、神から有罪宣告の顛末を振り返って見てみれば、女に誘惑されてアダムは罪を犯し、大地は呪われ、アダムには死の宣告がなされたのです。
「土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。 あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」(創世記3:18−21)
アダムの妻の名は、「すべて死すべき者の母」とでも呼んだほうが相応しかったのではないでしょうか。けれども、驚くべきことにアダムは妻のことをエバ「すべていのちあるものの母」と呼んだのでした。
 どうして、アダムは妻のことを「すべていのちある者の母」と名づけることができたのでしょうか。不思議です。前の文脈をたどるとき、その理由はただひとつしか見当たりません。それは、神がへびに向かって語られた、「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」(創世記3:15)ということばです。死をもたらしたへびのあたまを打ち砕くいのちの君の到来が告げられているこの一節です。
 アダムは蛇に向かって語られる神の呪いのことばのうちに、いのちの君である「女の子孫」が蛇のすえを打ち砕いて勝利をもたらし、いのちをもたらす日が来るのだという約束を聞き取って、その約束を固く信じたとしか考えられません。だからこそ、アダムは妻をエバ「すべていのちある者の母」と名づけることができたのでしょう。
 こうして見ると、確かにアダムにあって人類に罪と死が入ってきたのですが、また同時に、アダムにあって、来るべきメシヤの到来を信じる信仰というものも始まったと理解することができます。信仰によって、アダムは死の中に生命を見出しました。また、夫からエバと名づけられた女は、この時どれほど慰めを得たことでしょうか。神の約束をかたく握る信仰は闇の中に光を、絶望の中に希望を見出すことができるのです。

3 女の子孫

 女の子孫から蛇に対する勝利者が出現するという約束は、救いの歴史のなかで繰り返し確認されて行きます。アブラハムから始まるイスラエルの歴史の節目節目には、敬虔な母たちの出産という出来事が丁寧にしるされています。アブラハムの妻サラは不妊の女でしたが、神に与えられた約束を夫とともに信じて、ついにひとり子イサクを得ました。信仰の父アブラハムの生涯を貫いている主題は、結局、このひとり子を得たということに尽きます。アブラハムが得たイサクは、ひとり子イエスの型であり、モリヤの山の出来事はゴルゴタの丘の出来事の型です。アブラハムとイサクの父子関係は、父なる神と御子の父子関係の型をなしています。
「11:17信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。 11:18 神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、 11:19 彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。」(ヘブル11:17−19)

 アブラハムの子孫はヤコブの時代にエジプトに赴き、そこで奴隷とされます。奴隷の地からの解放は、一人の男の子の出産物語から始まります。暴虐なパロの「男子の新生児を皆殺しにせよ」という命令に、あえて背いて赤ん坊を産んだ母と勇気ある産婆たちによって、イスラエルの歴史の新しいページが開かれました(出エジプト1章)。ここでも「女の子孫」による奴隷状態からの解放が型として記されています。
 カナンの地に入って、イスラエルはしばらくの暗黒時代を歩むことになりますが、その時代に神のことばの光をもたらし、王国時代を来たらせたのは預言者サムエルでした。そのサムエル記もまた、一人の神を畏れる女の出産物語によって始まっているのです(1サムエル1章)。
 そして、イエス・キリストの登場にあたって、マタイ、ルカ両福音書の記者は、それぞれの特色ある筆致で、処女マリヤの出産の出来事を記しています。イエスこそは、まさしくアダムが死の中にいのちを見出して待望した、蛇の頭を踏み砕く「女の子孫」にほかなりません。
 さらに、パウロはこのキリストに連なる私たちキリスト者が、サタンを踏み砕くのだと語ります。「平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。」(ローマ16:20)そういう意味では、キリストに連なる私たちも「女の子孫」なのです。