苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

いろんな動物を見た主の日の午後

 今日は朝の2回の礼拝で、主イエスが宮が「強盗の巣」になっているとして怒った出来事、そして、葉ばかり繁って実のないイチジクが呪われたという行為預言の出来事を読みました。
 午後は奉仕神学生の夫妻といっしょに老人ホームを訪問し、そのあと、演習林に行ったら、まず数えきれないほどたくさんの赤とんぼが池の上を飛んでいて、手や肩にとまりました。神学生夫妻は初めてのことで、感激していました。池のほとりを歩き出すと、エゾリスが何かを一生懸命に食べていました。食べるのに夢中で、3メートルくらいのところに近づいても、なお食べていました。そのあと、林の中に二頭、若いエゾシカがいました。小川を見ると、カワウソのような動物がいました。でもニホンカワウソは絶滅したものだということですから、あれはイタチだったのでかなあ。

 苫小牧はいいところですね。

<追記9月22日>
 どうやら、あれはアメリカミンクだったようです。首から胸に白い毛がなく、全体的に色が黒っぽかったので。人間が自分の都合で連れてきておいて、野に放って、特定外来生物と名付けられてしまったものです。

 

小雨

 おはようございます。今朝は曇りかなと思ったら、ほんの少し雨が降っていました。でも、歩けそうなのでエイヤッと出かけることにしました。何かと消極的になりがちな性分なので、伝道牧会で迷ったときは、するという選択をするように、開拓伝道に立ったころから決めたんです。
 でかけたのは、例のぼくと名前が一文字違いの人の住む御屋敷のあるあたりで、まだ歩いていないところです。このあたりは大きく新しい一戸建てが並んでいる地域で、そばを流れる小川のよこに南北に緑地帯があって栗の木が並木になっていて、この季節、栗の実がたくさん実っています。昨日も今日もおじいさんが栗の実を拾って、実を取り出してはいがを川の方に投げています。道路に栗のいがが残らないためです。実は栗ご飯になるんでしょう。そういえば、小海でも家内と一緒に散歩して、秋になると栗拾いや桑の実つみをしたものでした。

 3ブロック配ったら、ぱらぱらと雨が降り出しました。肝心の通信が濡れるので帰ってきました。

 

ちょっと寒い

 今朝は苫小牧、14.6度。長袖のシャツを着て出たけれど、それでもちょっと寒い。道行くウォーキングの人はウィンドブレーカーみたいなのを着ています。これは歩き回って、内側から温めるほかないという感じでした。でも、この季節、苫小牧はほんとうに気持ちいい。青空にイワシ雲。
 まあ、気持ちいいなんて言っていられる寒さは今のうちだけだぞ~という声がどっかから聞こえてきそうなんですがね。そういう秋だからこそ、苫小牧の人たちはこの季節を喜ぶんです。

風の強い朝

 今朝の苫小牧の広い空は、青い背景に風が描いたなんだかものすごいデザインの雲でした。気温は18度。5時過ぎ半袖で外に出ると、少し肌寒い感じでしたが、5000歩を超えると汗をかいてきました。今朝は三光町5丁目でした。
 歩きながら、昨日、私より一つ下のタクシー運転手が暴走した原因が彼のくも膜下出血だったというニュースを思い出し、通信を配りながら、この齢で伝道ができるのも健康が与えられているからなんだな、と感謝しました。
 6時半をまわって帰宅したら、だんだん風が強くなってきて、駐車場の赤くなった実をつけたナナカマドの高い木が激しく揺れています。でも強い朝の陽ざしが葉っぱを輝かせています。

朝散歩

 今朝5時に起きて、いつものように通信配布の散歩に出ると、ものすごい濃霧で、港の方から霧笛が響いていました。海の方からいうと、元中野町、船見町、若草町、新中野町音羽町双葉町、緑町、木場町、春日町の半分、住吉町、泉町、三光町1丁目から3丁目まで配ったので、今朝から三光町の北半分に入りました。大きく新しい住宅の多い地域です。新聞の入っている家が多いことに気づきました。新聞は経済的に余裕があることの印なのかもしれません。経済的に厳しいと、ネットで相当情報が手に入るこの時代、新聞が節約対象となるのでしょう。

 ところが、大きな一戸建ての多い住宅街で、また少し大きめの公園とグランド周辺の土地の割方が変則的になっていて、どこまで配ったのか分からなくなってしまいました。配れたのは予定の半分でした。明日は地図をもって歩こうと思います。春日町の半分も区割りが放射状になっていてわけがわからなくなっていて、残しであるので、後日、地図をもって行くつもり。

 6時半になると段々と霧が上がってきました。最初肌寒かったのですが、五千歩ほどあるくと汗ばんできました。

 このところ、日曜から土曜まで毎朝、雨が降っていないかぎり、神学校に出かけている木曜以外は『苫小牧通信』という自分でつくったものを配っています。理由は、年を食ってこのところやたらと朝早く目がさめてしまうことが一つ。もう一つは「「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(Mk16:15)というイエス様のことばが、ずっと胸に響いて仕方がないからです。

甘え、忍耐心

三浦綾子の言葉
あなたの気持ちはわかります、と言えば、わかるものか、とあなたは怒鳴る、
わからないと言えば、どうしてわからないのか、と怒鳴る。
どちらも甘えです。静かに話し合うという忍耐心が私たちには必要なのです。
 (三浦綾子『ナナカマドの街から』)

予告『新・神を愛するための神学講座』

 今、校正をしている本『新・神を愛するための神学講座』の目次です。少し分厚い本になります。本書の狙いは、その書名が表しています。「まじめな神学的な本だけれど、例えが身近なのが面白い」という感想を話してくださる友人がいました。今、第二校なので、秋には出せるのではないかと思います。
 

 

目次

 

はしがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

序章 神を知ること、神を愛すること・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 神を愛するために

2 抽象化を許さない、神の聖書啓示の方法

3 神学の諸部門と順序と用語

 

第一章 啓示について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 被造物啓示(一般啓示)

2 「自然神学」を淵源とする近現代の思潮

3 被造物啓示と人間の理性の状態について

4 特別啓示とその保存

 

第二章 聖書啓示とその解釈・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 啓示の中心キリスト

2 聖書の二性とその解釈

3 聖書の唯一の著者

4 行為啓示とことば啓示

5 霊感と照明

6 聖書の完結と普及

7 啓示の漸進性

8 聖書の権威

9 「聖書には誤りがない」とは

10 聖書解釈の決め手

 

第三章 唯一まことの神・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 自然宗教

2 理神論

3 有神論― 唯一まことの神

 

第四章 父・子・聖霊の神・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

1 神秘ではなく謎として

2 旧約聖書

3 新約聖書

4 父・子・聖霊の関係と神の道徳的性質

 

第五章 聖定・創造・摂理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

1 神の計画のゴール

2 創造と摂理

3 御子は、創造における仲保者であり相続者である

4 無からの創造

5 第一の創造記事

6 被造世界の特徴 ― 統一性と多様性と時間性 ―

 

第六章 創造記事と進化論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 進化論と創造論の対立を回避するための提案について

2 有神論的進化論

3 特別創造論

 

第七章 摂理(配慮)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   

1 聖定・創造・配慮

2 保持

3 統治

4 あらゆるところで

5 摂理と聖化

 

第八章 人は「神のかたちのかたち」・・・・・・・・・・・・・・・

1 「神のかたち」における創造と四つの状態

2 従来の「神のかたち」理解

3 「神のかたち」は御子である

4 人は「神のかたちのかたち」として造られ、神の王国の完成を目指す

5 「神のかたち」の関係的見解・実体的見解・機能的見解は、キリストにあって統合される

 

第九章 人間の構成―外なる人、内なる人・・・・・・・・・・・・・

1 人間の構成

2 二分説

3 三分説

4 人間の個性と聖霊の働き

 

第十章 罪と悪魔と悲惨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 善悪の知識の木―罪の本質とは

2 悪魔

3 悲惨―対自・対人・対被造物

4 原罪と全的堕落、悪魔と悲惨

5 罪観は神学体系のアルキメデス

6 予定論論争アルミニウス論争)をどう考えるか

 

第十一章 神の王国を目指して―契約による展望 ・・・・・・・・・ 

1 予定と契約

2 創造の契約と暮らしの三要素

3 原福音

4 ノア契約―保持の契約

5 アブラハム契約―相続の契約

6 シナイ契約―幕屋と律法の契約

7 ダビデ契約―王国の契約―

8 キリストにおける諸契約の成就

 

第十二章 相続者・仲保者キリスト・・・・・・・・・・・・・・・

1 イエスに関する基本的事実

2 キリストの二性一人格

3 相続と仲保の役割

4 預言者・祭司である王

 

第十三章 贖い論―祭司である王キリスト・・・・・・・・・・・・

1 贖い・償い・宥め

2 対悪魔勝利説

3 満足説

4 改革者たちは刑罰代理を核心として、悪魔に対する勝利も説いた

5 道徳的感化説(主観説)

 

第十四章 救いの順序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

1 救いとは

2 救いの順序 

3 予定・選び

4 召し(有効召命)・キリストとの結合

 

第十五章 義認―祝福の適用①・・・・・・・・・・・・・・・・・0                                                                                                                                    

1 この世における三つの主な祝福と二本の線

2 ローマ書における救いの教えの順序

3 義人はいない。一人もいない。

4 義認は法廷的な決定

5 義認の根拠

 義認の主語は神

7 十字架のテオディセー

8 救いの過去・現在・未来

 

第十六章 聖化―祝福の適用②・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 義認と聖化は区別されるが、密接不可分である

2 キリストに結ばれ、「罪(サタン)」から解放された

3 律法の呪いから解放され、御霊によって仕える

4 サタンが律法によって奴隷的恐怖に陥れるが・・・

 

第十七章 子としての聖化―祝福の適用③・・・・・・・・・・・

1 義認と聖化の矛盾?

2 ノモスの発見

3 子とする御霊

4 愛は律法の要求を満たす

5 神の家族の一員とされた

6 「我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく」

7 世界の相続人

 

第十八章 聖霊の働き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 聖霊によるバプテスマ―旧約から新約へ

2 聖霊に満たされなさい

 

第十九章 主の教会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

1 教会とは

2 キリストのからだ

3 教会のしるしと務め

4 聖礼典―祭司職①

5 祈りと賛美―祭司職②

 ディダケーとケーリュグマ―預言職

 教会政治の方法―王職

 

第二十章 教会と俗権・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 俗権は「民の暮らし」の手段

2 教会の権能と俗権の権能

3 俗権の獣化

4 愛国心歴史現象である

5 申命記立憲主義

6 教会はどう生きるべきか

 

第二十一章 王の到来―終末論・・・・・・・・・・・・・・・・

1 終末の教理の略史

2 四つの「終末」

 

第二十二章 個人的終末論・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 死

2 中間状態

3 復活

 

第二十三章 王の再臨と王国の完成―世界的終末論―・・・・・・

1 預言の遠近法・産みの苦しみ

2 一般的前兆

3 教会(神の民)に関する前兆

4 再臨直前の前兆と主の再臨

5 千年ついて

6 再臨と審判と神の王国の完成

 

あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・