先に掲載した2012年4月27日自民改憲草案の諸問題点の「2−(2)」の天皇の憲法遵守義務が改憲草案では消えてしまっている件について、訂正しましたので、関心のあるかたは御一読ください。
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20130107/p1
自民党改憲案2012年4月27日版
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う
天皇の憲法遵守の義務が書かれていないということは何を意味しているのだろうか。立憲主義における憲法とは王を縛ることが要点であるのに、それが欠けているのは珍妙な話である。日本は立憲君主制ではないという立場ならわかるが、自民党はわが国は憲君主制であるという立場なのだ。(中略)おそらく天皇に憲法擁護義務なしとしているのは、天皇が憲法の上に立つ主権者であることを意味しているのだと考えるべきではなかろうか。この条文の思想的出所は、恐らく「大日本帝国憲法」である。
小室直樹さんが『日本人のための憲法原論』に書いているのだが、西洋の憲法は国王の権力が暴走しないように縛るものであるが、明治日本の場合、天皇は「神である」とされた。「神」をどうやって縛ったかというと、明治憲法は最初に「告文(こうもん)」というものを置いて、天皇が皇祖・皇宗・皇考(先代の天皇)に対して「朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆(あやま)ラサラムコトヲ誓フ」というかたちを取っている。天皇は人民と契約するのでなく、先祖代々の天皇と契約し、先祖に対する責任として、率先して憲法を守ると述べているのである 。自ら定める憲法の下にはないけれど、率先して憲法を守ると。
そして、天皇は大臣と臣民に憲法を守りなさいと前文の末尾で命じている。
「朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ為ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ」
つまり、明治憲法では、天皇が「わたしは先祖に対して憲法を守ると誓った。わたしにならって、君たち大臣もこれを施行し、臣民はこの憲法に永遠に従いなさい」と命じているわけである。(後略)
<追記 2013年4月20日朝>
主イエスは宮の納入金の問題が生じたとき、もともと王と王の子らは、税金を納める必要はないという原則があったことについて話された。だが、その原則は原則としてつまずきを与えないために、魚の口から取り出した銀貨をもって納入金とさせた。伊藤博文がこの話を背景としたとは思わないけれども、明治憲法における告文は、同じ構造をしていて興味深い。つまり、天皇は憲法を守る義務はない。しかし、臣民の模範となるために、自ら率先して憲法を守る。だから、臣民も守りなさい、ということ。
17:24彼らがカペナウムにきたとき、宮の納入金を集める人たちがペテロのところにきて言った、「あなたがたの先生は宮の納入金を納めないのか」。 17:25ペテロは「納めておられます」と言った。そして彼が家にはいると、イエスから先に話しかけて言われた、「シモン、あなたはどう思うか。この世の王たちは税や貢をだれから取るのか。自分の子からか、それとも、ほかの人たちからか」。 17:26ペテロが「ほかの人たちからです」と答えると、イエスは言われた、「それでは、子は納めなくてもよいわけである。 17:27しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。
マタイ17:24−27