苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

自民右派のいう怪しげな「伝統」・・・E.バークの誤読

 第一次安倍内閣のときに強行採決で決められた改訂教育基本法の前文と第二条4項に「伝統」ということばが出てきます。ここで意味している伝統とは、大日本帝国憲法国家神道的な現人神天皇を中心とした体制のことでしょう。しかし、それは、わずか80年間で破たんしたものであって、「伝統」と呼ぶに値しないものです。 

 宗教にかんしていえば、天皇家伝統宗教は誰もが知っているように、聖徳太子飛鳥時代以来、神仏習合的ではありましたが、基本的に仏教なのです。法隆寺聖徳太子東大寺聖武天皇が建てたことは小中学生でも知っているでしょう。明治より前は、天皇家は仏教に帰依していたのです。上野の寛永寺も17世紀以来住職は皇族でした。皇室の仏教の伝統は1100年ほどもあります。

 政治との関係でいえば、天皇は鎌倉以降、統治権を離れ奈良・平安の律令文化と伝統の体現者という象徴的立場になりました。そうして、たとえば信長には右大臣、秀吉には関白、家康には武家の棟梁としての征夷大将軍という律令的な身分を授ける権威をもっていました。武家の時代になって天皇は、政治的実権を失いましたが、律令的伝統の名誉の授与者という象徴的立場を維持しました。こうしてみると、「象徴天皇」というあり方こそ皇室の伝統です。「いい国(1192)造ろう鎌倉幕府」から数えれば700年以上は「象徴天皇」なのです。すでに政治的実権は平安時代には藤原氏をはじめとする貴族に移っていたと考えるならば、「啼くよ(794)うぐいす平安京」から1000年以上「象徴天皇」であったといえましょう。

 ところが我が国では、明治維新後、伊藤博文が欧米列強にならって中央集権国家を造ろうとしたときに、欠けているのが国民を強力に統合する国教としてのキリスト教であると思い込みました。そこで、伊藤はキリスト教の代替物として現人神天皇を中心とした国家神道を造ってしまいました。伝統的には仏教徒だった天皇家はこのときいわば唯一神教神道の現人神に変貌させられました。そして、政府は全国にそれまでバラバラにあった神社を、天皇との距離でもって格付けして伊勢神宮を頂点としてヒエラルキー化しました。そして、明治政府は江戸幕府とゆかりのある仏教を廃仏毀釈運動で大弾圧しました。これを戦後は包括宗教法人神社本庁が引き継いでいます。あたかも役所であるかのように「本庁」などと名乗っていますが、実は一宗教法人です。

 ところで、伊藤がマネしたヨーロッパのキリスト教とはなんだったかというと、近世16-17世紀の絶対王政時代の国家宗教化されたキリスト教でした。この国家宗教化されたキリスト教は、国家を暴走させて宗教戦争の要因ともなりましたから、それに懲りたヨーロッパの国々は三十年戦争ののちにウェストファリア条約(1648年)を結んで、(領邦レベルですが)政教分離原則を打ち立てました。

 日本の国家神道は、17世紀にヨーロッパで国家宗教化されたキリスト教が国家を暴走させて悲惨な戦争を引き起こしたのと同じように、19-20世紀日本国を暴走させてしまいました。現人神である天皇陛下のために命を捨てることこそ、日本人として生まれた男にとって最高の栄誉であると、国民を洗脳したのです。明治から敗戦までは、たった80年間のことで、伝統と呼ばれるに値しません。

先の大戦後に、日本国憲法政教分離原則が打ち立てられました。歴史的な類比として見れば、これは、日本にとって、いわば「遅れてやって来たウェストファリア条約」だったと理解することができるでしょう。

明治から敗戦までの80年間の天皇の在り方は、本来の伝統から逸脱した異形のものであって、戦後の権力から離れた象徴天皇儀礼天皇の在り方のほうが、むしろ日本における天皇の伝統にかなった姿です。そして政教分離原則は歴史から学んだ大事な知恵です。


自民党の保守派はエドマンド・バークの保守思想を好んでいるようですが、完全に読み間違えです。バークは『フランス革命省察』で、フランス革命は教会と王権という聖俗の伝統的価値を徹底破壊しているが、その結末は独裁化であると予見し、それは実現しました。フランス革命に対して、英国の名誉革命は闇雲な伝統破壊ではなく、マグナ・カルタ(1225年)以来五百数十年にわたる英国における立憲君主制の伝統にかなっているから、これは永続するというのがバークの主張です。
 自民保守派は、日本の伝統が帝国憲法のいう天皇制だと思い込んでいる点で、決定的に間違っています。むしろ国家神道天皇制は本来の700〜1000年続いた象徴天皇制の伝統にそむいていたがゆえに、わが国を暴走させて、わずか80年で瓦解したものなのです。むしろ、昭和憲法における象徴天皇制のほうが伝統にもどったものなのです。明治維新に始まり先の大戦で崩壊した国家神道体制が、むしろ日本の伝統に叛くバークが非難する革命政権にほかなりません。そして、バークの主張通り崩壊したのです。
 筆者は、べつに伝統主義者ではありません。ナントカ主義というのはどれもこれも偶像崇拝の一種になりがちなので、警戒しています。ただ自民右派によるバークの保守思想の誤解は、この国の前途を誤らせることになることを懸念して、憂えている次第です。