野田佳彦首相が国連の「原子力安全会合」で行った演説要旨は次の通り。
◆福島第1原発事故
巨大地震と津波に被災した日本国民は、世界中から心温まる励ましと支援をいただいた。全国民を代表し、深く感謝する。わが国は半世紀以上にわたって原子力の安全な活用の方途を研究・応用し、原子力産業を育成・発展させてきた。それだけに今回の事故は日本国民に深い衝撃を与えた。
関係者のひたむきな努力により、事故は着実に収束に向かっている。原子炉の冷温停止状態は予定を早めて年内を目途に達成すべく全力を挙げている。>津波への備えに過信があったことは疑いがない。炉心損傷に至る過酷事故を想定した準備も不十分で、ベントの作業に手間取り、貴重な時間を失った。何よりも急がれるのは、教訓に基づいて内外で原発安全性の総点検を進めることだ。◆事故情報の開示
事故の全てを迅速かつ正確に国際社会に開示する。事故調査・検証委員会が来年には最終報告を示す。国際原子力機関(IAEA)と共催の国際会議を来年、わが国で開催し、原子力の安全利用への取り組みの方向性を国際社会と共有する。◆エネルギー政策
原子力発電の安全性を世界最高水準に高める。原子力利用を模索する国々の関心に応える。新興諸国をはじめ世界の多くの国々が原子力の利用を真剣に模索し、わが国は原子力安全の向上を含めた支援をしてきた。今後とも、これらの国々の高い関心に応えていく。
再生可能エネルギーの開発・利用の拡大も主導。中長期的なエネルギー構成の在り方は来夏を目途に具体的な戦略と計画を示す。◆核セキュリティー
核セキュリティー確保に積極的に参画。来年の核セキュリティー・サミットに参加し、国際社会の共同作業に積極的に参画するとともに核物質や原子力施設に対する防護の取り組みを強化する。◆結び
人類が英知によって原発事故の突きつけた挑戦を克服し、福島が「人々の強い意志と勇気によって人類の未来を切り開いた場所」として思い起こされる日が訪れると確信する。日本は事故の当事国として全力で責務を担い、行動する。【共同】毎日新聞 2011年9月23日 東京朝刊
野田首相は、十日前の首相所信表明演説で「原発依存はできるだけ減らしていく」と言っていた。ところが、わずか十日経ったら、NYで原発推進を表明した。筆者なりにコメントを加えてみる。
1.「世界中から心温まる励ましと支援をいただいた。全国民を代表し、深く感謝する」
たしかに大地震と津波にかんして世界中は同情し、励ましてくださった。これは感謝。だが、日本が意図的に莫大な放射能汚染水を海洋に流したとき、世界中がどれほど日本を非難したかを忘れてはならない。環太平洋20カ国が4年間、放射性物質の生体濃縮など海洋汚染の調査をしたのちに、一カ国当たり20兆円という賠償を日本に求める準備をすでにしていると言われている。この数字にどれほど根拠があるかはよく知らないけれども。
2.「津波への備えに過信があった」
津波が大きな被害をもたらしたのは事実。しかし、気になるのはこのところ原子力学会の動きを見ても、福島原発事故が津波でのみ起きたという論調である。そこに、津波以前に原発そのものが地震で壊れていた事実を隠蔽する意図が見え隠れする。実際には、津波前に原発が致命傷を負っていたことは、専門家たちによっていち早く推定され、東電さえもすでにしぶしぶ認めている。報道されているだけで、1号機の再循環系の配管の損傷、2号機サプレッション・チェンバーの損傷、外部電源の損傷である。
3.「関係者のひたむきな努力により、事故は着実に収束に向かっている。原子炉の冷温停止状態は予定を早めて年内を目途に達成すべく全力を挙げている。」
現場作業員のひたむきな努力はまぎれもない事実。しかし、「事故が着実に収束に向かっている」というのはどうか? 現実には、福島第一原発は1号機から3号機まで核燃料は今どこにあるかすらわからない。1号機はメルトダウンからメルトスルーし、もはや核燃料は地面にもぐりこんで地下水を汚染し、海洋をも汚染しつつあって、手の打ちようがないというのが実情のようである。地下ダム計画もあるが、東電は出費を渋っている。
また「冷温停止」というが、1号機の温度が100度未満になったのは、もはやそこに燃料がないからにすぎない。さらに2号機、3号機にいたっては、原子炉建屋にはいることすらできず、核燃料はどうなっているか知っている人は誰もおらず、しかも複数の専門家によれば今もなお水蒸気爆発の危険性もなお残っているという。
4.「事故の全てを迅速かつ正確に国際社会に開示する。」
これは大切なこと。4月18日、海外からの記者を相手にした原子力安全保安院の記者会見には、ただの一人の出席者もいなくなってしまった。保安院がウソばかり発表するものだから、海外の記者たちは、ほんとうのことをいう原子力資料情報室や京都大学原子炉実験所に情報を求めるようになってしまったからだった。事実よりも政府の公式発表を知りたい、大新聞・TVの日本人記者クラブはいつも満杯だったが。
だが、なによりこの声明に違和感を感じるのは、つい先日まで日本で「脱原発依存」と言っていた野田首相が、この国際舞台で原発推進を表明したことである。日本国民には自分が経団連べったりの原発推進派であることを隠しておいて、国際社会相手には迅速かつ正確に自分が原発推進派であることを開示をしたのか。
5.「原子力発電の安全性を世界最高水準に高める。」
今回の地震は広範囲にわたったので、全体のエネルギー規模(マグニチュード)は巨大であるが、福島第一原発を襲ったゆれ自体はそれほど大きなものではなかった。それにもかかわらず、原発は地震で壊れてしまった。日本の原発は震度6で壊れるように設計されているからである。しかも、壊れたあと、これに対処する技術も持ち合わせていないことは、世界中の人々の目にあきらかになっている。これが日本の原発技術の現状である。もう311以前から聞き飽きている「日本の原発は世界最高水準」とか、「日本の原発は絶対安全」などという神話というか空念仏を唱えるのは、やめたほうがよい。
6.「原子力利用を模索する国々の関心に応える。新興諸国をはじめ世界の多くの国々が原子力の利用を真剣に模索し、わが国は原子力安全の向上を含めた支援をしてきた。今後とも、これらの国々の高い関心に応えていく。」
もってまわった言い方をしているが、要するに、「原発を輸出して金儲けるぞ」という経団連を喜ばせる表明である。原発輸出は、三つの理由でまちがっている。
第一はウランという化石燃料の埋蔵量はカロリー計算では石油の数分の一しかないからである。莫大な費用をはらって原発を導入しても、その国は、早晩ウランが枯渇して原発は使えず、しかも、巨大で危険なゴミを抱えた状態になる。これほどの不親切はない。
第二に、原発が危険だからである。たとえば環太平洋の地震ベルトの中にあるベトナムで原発事故があれば、国は南北に分断。隣国のカンボジアまで放射能汚染してしまう。トルコが地震国であることは周知の事実である。
第三に、核兵器拡散につながる危険があるからである。
7.「人類が英知によって原発事故の突きつけた挑戦を克服し」
かっこいいキメゼリフのつもりかもしれないが、的外れ。原発事故が我々に突きつけたことは、「そもそも原子力というものは人間の制御不可能なものであるという現実を認識して謙虚になれ」という教訓である。これほどの悲惨な事態になっても、その現実を直視しようともせず、なお原発にしがみつき続ける経団連の米倉氏に、首相は尻尾を振るのはやめてほしい。
8.単なる希望的観測にすぎないが・・・
さんざん書いてきたが、もしかすると野田首相は吉良を討つために昼行灯を装った大石内蔵助なのかもしれない。もし菅前首相のように脱原発を前面に打ち出せば、経団連・東電はじめ電事連・読売・産経・日和見朝日・NHKと自民党の妨害によって、震災復興事業が進められず、「野田は無能なドジョウだ。泥にもぐったまま何もできない。」の大合唱によってつぶされてしまうだろう。そこで、まずは原発推進派をよそおって、経団連を始め原子力ムラの連中を喜ばせておいて自民党の協力も得ながら震災復興事業を推進し、国民に「野田は無能ではない。性格も悪くない」というイメージを定着させてから、脱原発へ向けてゆこうという深謀遠慮があるのかもしれない。そのために脱原発派から徹底的に批判され、泥をかぶることも覚悟しているほんもののドジョウだったらすばらしい。これは筆者の単なるドラマチックな願望にすぎないけれど。
福島のお母さん、佐藤幸子さんが、原発安全演説を終えて会場から出てきた野田首相に向かって、拡声器で叫んだ。「野田首相 福島の子どもたちを救えないで 原発の安全を世界中に言うのは卑怯だ!」と。でも、首相は佐藤さんなどまったく無視して、国連事務総長とにこやかに握手をしていた。(TBSニュース2011年9月23日)この態度が、福島の現実、原発の現実を直視しようとしない首相のスタンスをはっきりと示しているのではなかろうか。やっぱり、この首相、望み薄だなあ。