苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

国のありかたについて(その1)・・・フランス革命の熱狂

 「天皇制は排すべし」という共和主義の考え方がある。明治維新後の現人神天皇制ゆえにわが国が犯した罪や、自国民のみならず他国民にまでもたらした悲惨の重大さを思うときに、そうした考えを持つ人がいることも無理からぬことかもしれない。天皇が現人神とされたあの時代、キリスト教会もこれにとりこまれ、戦争に協力し、現人神天皇を崇める偶像崇拝の罪を犯してしまった。けれども、天皇制を廃して共和主義になれば自動的に理想社会が来るのだろうか。そう簡単な話ではあるまい。
 本稿で、筆者はフランス革命と英国のピューリタン革命と名誉革命を思想的観点から比較検討して、政体の仕組みについて考えて、わたしたちの国はどういう方向を目指すのが適切なのかを考える手がかりを得たいと思う。


1.フランス革命の熱狂

 筆者は、市民革命の歴史を教会史の観点から学んで、啓蒙主義歴史観では隠されていた共和主義革命の暗部を認識した。特にフランス革命は、あまりにも血なまぐさく独善的で、反キリスト的であった。筆者が高校生で受けた世界史教育は、啓蒙主義を理想とする歴史観に影響されていたから、フランス革命における恐怖政治、反キリスト的振る舞い、その後のフランスの政体の不安定さはほとんど教えられず、「自由・博愛・平等」を実現したすばらしい革命というイメージが強かった。だが、それは現実ではなかった。
 フランス革命の予言者と呼ばれるのはジャン・ジャック・ルソーであり、彼の書いた『社会契約論』が革命のバイブルとされた。ルソーは、伝統的価値・制度に対する非常な嫌悪感をもっていた人物であり、それを、前世紀のデカルト主義によって強化した。少しだけデカルト的理性の説明をしておく。
 デカルトは、確実な知識を追い求め、中世までの「書物の学問」を破棄した。「書物の学問」とは「権威あるアリストテレスの書物にこう書いてあるから」という理由で事柄の真偽を定めるような学問のあり方ことである。デカルトが理想とする確実さとは、幾何学における「三角形の内角の和は二直角である」というふうな理性にとって明晰判明なことのみであるとしたのである。デカルト自身はこのような合理主義の危険性を認識していたから、「暫定道徳」ということを言って、理性に完全に基礎付けられた倫理の体系が完成するまでは、伝統的な価値や制度をただちに否定すべきでないとしている。
 しかし、「暫定道徳」の禁を破って、デカルト的理性で社会を見るならば、王の権威とか、教会の権威といった伝統に根ざしている価値はなんの根拠もないことになる。フランス革命期、第一身分は僧侶、第二身分は貴族、第三身分は平民とされており、しかも、第一身分である聖職者の数は14万人、第二身分の貴族は40万人、第三身分の平民は2600万人。圧倒的少数2%の第一身分と第二身分が、国土の40%を領有して、免税特権までも持っていた。従来、庶民は「伝統であるから」と不満を抱かなかったのだが、単純なデカルト的理性で見れば不合理ではないかということになる。デカルト的理性の目で見れば、王も貴族も聖職者も、ただ昔からいばってきた連中にすぎなくなる。だから、フランス革命は国王や司祭たちを断頭台にかけ、教会に理性の女神を持ち込むといったことをなしえた。
 格別、ジャコバン派ロベスピエールはルソーの『社会契約論』をいわばバイブルとして革命を遂行した。彼の行なった恐怖政治は、後のロシア革命毛沢東文化大革命ポルポト革命の祖形となった。ポルポト派はルソーの思想に心酔していた政治集団だった。
 啓蒙主義が伝統的迷信・因習の暗闇から人々を救い出したという功績があるのは一面の事実である。しかし、もう一面で、理性崇拝の熱狂に陥って、そのきわめて狭い理性で割り切れないものはすべて「ナンセンス!」と切って捨ててしまい、夥しい血が流されたのももう一つの事実である。そこに生じたのは、社会の無規範化(アノミー)と熱狂であった。なぜなら、社会規範・道徳の多くは伝統に根ざして形成されたものであるからである。フランス革命下、恐怖政治のために反革命容疑で逮捕拘束された者は約50万人、死刑の宣告を受けて処刑されたものは約1万6千人、それに内戦地域で裁判なしで殺された者の数を含めれば約4万人にのぼるとみられる。
 旧体制を転覆する革命という手段には、膨大な犠牲者が出ることは避けられない。同じ類型に属するロシア革命ではどうか。ソ連政府はミハイル・ゴルバチョフの時代にNKVDの後身KGBスターリンが支配した1930年から1953年の時代に786,098人が反革命罪で処刑されたことを公式に認めている(Wikipedia)。毛沢東文化大革命の犠牲者数については、中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第11期3中全会)において「文革時の死者40万人、被害者1億人」と推計されている(Wikipedia)。

フランス革命について、もう少し詳しくはこちらをごらんください。
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20101219/p1