苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

バルナバ

 バルナバがいなければ、パウロが初代キリスト教会に受け入れられることはなかったでしょうから、新約聖書の多くを占めるパウロ書簡がなかったことになります。

 またバルナバがいなければ、マルコは役立たずとして用いられることなく終わったでしょうから、マルコ福音書はできず、共観福音書も成立しえなかったでしょう。

 バルナバという人物は、彼の書き残したものはありませんけれど、新約聖書成立のために、きわめて重要な働きをしたことになります。それは、彼が「慰めの子」と呼ばれる寛容な人物であったことによるのでしょうね。

 ふと思ったのですが、パウロが「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。」と口述したとき、彼の脳裏にはバルナバがあったのではないか、と。

かの日を目指して今日

 今日は、東京都足立の教会で、宮村武夫先生のお葬式が行われました。私が若い日に大恩を受けた先生です。先に奥様にはお手紙を差し上げましたが、お葬式には赴かず、神様のご栄光があらわされる式となりますようにと祈って、私はこちら苫小牧で務めを果たしました。

 明日は教会恒例の子ども夏まつりなので、今日は準備に兄弟姉妹が教会堂に出入りしていました。明後日は、主の日の礼拝で、午後にはこれも恒例の召天者記念礼拝で、その中で昨年末、天に召された懐かしいK姉の納骨式を行います。

 それで、説教4つ、週報、記念礼拝式次第を用意して、一応、上がりました。墓前記念礼拝では、「多くの証人に囲まれて」ということでヘブル書からお話をします。

 お葬式や納骨式にかかわりながら、自分自身が主の前に立つ日のための備えをさせていただいていると感じています。

 

*宮村先生との出会いについては、こちらをごらんください。

https://docs.wixstatic.com/ugd/2a2fcb_1cd9da521bc7490ca338f5ada0632092.pdf

私たちの働きは

 大先輩S牧師のことば。心に残ったので備忘録として。

私達の働きは、「何かしたと思っていたら何もしていなかった」「何もしなかったと思ったら大きなことをしていた」ということかもしれないですね。

 マタイ25章の王のさばきを思い起こしました。 

 

「姑息」の誤用

 非常に多くの人たちが誤用していることばとして「姑息(こそく)」があります。どうも書いている人は「姑息」を「卑怯」という意味だと思い込んでいるようです。実際には、「姑息」とは「まにあわせ」という意味です。

空調服と東京オリンピック

 来年、酷暑の季節に東京オリンピックを強行しようとしていますが、報道に触れるたび、ほとんどの人は、「観客や選手たちで熱中症で倒れる人、下手すると冗談でなく死者も出るだろう」と感じているのではないでしょうか。しかも、酷暑に開催する理由が米国の放送局とIOCの懐の都合だというのです。もし実際に犠牲者が出れば、日本の国際的信用もがた落ちになります。生活排水の流れ込む大腸菌うようよの東京湾トライアスロンでは泳がせるそうですし。このまま行けば、史上最悪のオリンピックになります。
 ところで、空調服というのが、今流行していることを知りました。基本的に作業着で、それにパソコンのような冷却ファンが付いているものです。使った人は、あまりの涼しさにびっくりしています。オリンピックのボランティアのユニフォームとして採用してはどうでしょう。マラソン選手なども、空調服を着ていたら、熱中症で生命の危機に陥らなくてすむのではないでしょうか。ルール上問題があるならば、人命尊重の観点からルールを改めてもよいのではないかと思います。

 空調服はもともと地球温暖化防止という発想から発明されたものだそうです。建物の内側をガンガン冷やして屋外をガンガン温めているのが、冷房です。それをどうしたらやめられるかと考えたのだそうです。もしオリンピックで空調服を世界にPRできたら、意義深いことでしょうね。今年はヨーロッパ諸国もうだるように暑いそうですが、あちらの伝統的な石造りの建物はクーラーを設置することが出来ず、苦しんでいるそうです。空調服を輸出してあげればよいのに、と思います。


【夏・熱中症対策】超快適!空調服ベストのススメ♪ (ワークマン&ジーベック)

 

記事リンク「一度着たら手放せない空調服

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190817-00066525-gendaibiz-bus_all&fbclid=IwAR0DMDzgqrYP_iMwx0f7NUuBvTqVjpTYfmgLZbzdC1o2goh6mXnb0NyPfHo

 

 

宮村武夫先生召天

 今朝、宮村武夫先生が天に召されたという報せを受けました。

神学生時代、先生と出会い、「存在の喜び」を知らなかったなら、私は伝道者として今日まで歩んでくることはきっとできなかっただろうと思います。
 「水草君、『存在の喜び』の『の』は目的格的属格の『の』なんです。神が、あなたが何ができるかという機能ではなく、あなたが存在することを喜んでいてくださる、ということです。」
 当時、なんだか使命感・悲壮感みたいなもので自分を厳しく律することで支えている傾向のあった私は、「存在の喜び」を知って、信仰生活の、いわば第二の転機を経験したのです。そして数年後、あれは、神が私を子として受け入れてくださった祝福adoptionのことなのだとわかったのでした。

  下のリンク先に、宮村先生との出会いと、先生の思想についてまとめた文章があります。以前、先生の著作集のある巻に収録していただいたものです。聖書を読む上で、聖書と言うメガネで世界を見る上で、聖書にしたがって生きていく上で、きっと力になることがありますので、ご一読ください。

「存在の喜びとの出会いー宮村武夫先生の思想ー」

https://docs.wixstatic.com/ugd/2a2fcb_1cd9da521bc7490ca338f5ada0632092.pdf

 

 

 

 

 

 

灼熱の東京五輪、正気ですか?

f:id:koumichristchurch:20190816095115j:plain

 

 先の東京オリンピックは、1年間で選手たちがもっともスポーツをするのに適した環境を整えるために気象庁のデータから10月に開催されました。しかし、今回は、来年7月末から8月上旬、気温が40度に迫ろうという環境の中で東京オリンピックを強行しようとしています。その理由は、秋は米国の野球・バスケット・フットボールなどのスポーツ番組とぶつかるので、放送局に歓迎されないからだそうで、IOCがそういう放送局からの収入をあてにしているからだそうです。要するに利権です。

 選手たちの生命と健康を考えたら、7月末から8月上旬はありえない選択でしょう。選手だけでなく、熱中症で倒れる観客も出るでしょう。その上、トライアスロンをあの生活排水が流れ込んで肥溜めのにおいがする温い東京湾でするとは、あきれてものが言えません。ここで泳ぐと大腸菌でお腹がいたくなったという選手の発言も読みました。連想してしまったのは、お風呂だと思って入れてもらったら、実は、そこは肥溜めだったという、キツネのお・も・て・な・しです。これは絶対場所を変更すべきです。
 心配なのは、世界のアスリートたちの健康と生命、そして、このオリンピックで我が国が国際的信用を失ってしまうのではないかということです。今からでも、何のため、誰のためのオリンピックなのかという原点に立ち返って、開催時期の変更をすべきです。トライアスロンで泳ぐ場所も、です。