苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

苫小牧通信印刷中

 今、苫小牧通信をリソグラフで印刷している。月刊で、一回1万枚を出している。配布の範囲は教会周辺。苫小牧全戸に配りたいところだが、今のところ経済的にも、印刷する体力的にも、1万枚がこの教会の責任範囲であると考えている。

 苫小牧通信はB4を二つ折りにして、B5の4ページとしている。配布はほとんどが新聞折込みである。今回はクリスマス号なので、クリスマスの意義を書いているが、なるべく身近なこととして、それを受け止めていただけるようにという意識をもって書いてみた。いつもは時事ネタとか家庭についてのことなどを書くことを聖書と絡めて書いて、とにかく主イエスが救い主であることをあかしすることが多い。

 こういうことをしていると紹介すると、牧師たちの何人かは必ず「それで人が来ますか?」と聞く。伝道の効率に疑問をもっての質問なのだろう。だが、私の伝道論においてはそれは、どうでもよいとは言わないけれど、二義的なことなのである。福音書使徒の働きにおける大宣教命令にかんする理解では、主イエスは伝道者に二つの命令をお与えになった。一つは「すべての人に福音をしらせよ。」であり、もう一つは「主の弟子とせよ」ということである。託されたと信じるすべての人たちにキリストの福音を知らせて、その結果、回心する人が起こされたならば、その人たちを主の弟子として育成せよということである。

 だから、私としてはとにもかくにも託されたこの苫小牧の東地域の人たちになんとかキリストの福音を伝えたい。福音を伝えることができたなら、ある意味、それで成功なのである。回心するかしないかは、ご本人の決めることであり、神が決めることである。だが、伝える責任は私にある。もちろん文書によらずに伝える方法もある。しかし、ほとんどの人々が共稼ぎで昼は家にいない地域であるから、どのように福音を伝えるかと考えたら、文書によるのがよいだろうということで、この方法をとっている。

 

こちらにバックナンバーを置いてあります。

https://moriaogael.wixsite.com/tolovegod

 

 

 

 

クリスマス子ども会

 本日、クリスマス子ども会でした。賛美をして、子どものハンドベル演奏、ゲームをして、「幸福の王子」の紙芝居と聖書メッセージ。それから、クレープ140枚を食べました。子ども33人で、父母5人、奉仕者16人で、にぎやかでした。
 
 そのあと、風邪で喉ガラガラの兄弟のアパートにビタミンCを持っていって、「水を1日2リットル飲むように。」と話してきました。ビタミンCは皮膚・粘膜の回復に効くので、風邪にいいと知ったら、がぜん人に薦めたくなってしまったんです。もう熱は下がって、あとはのどだけ。半そでシャツでテレビを見ていました。北海道の人はほんとに冬場部屋をがんがん暖めるんです。

 それはそうと、来週いっぱいできちんと見ないといけない書類が厚さ5センチくらいあるんです。神様助けてください。

従軍慰安婦に軍が関与した文書証拠

先に高知新聞の報道でも中曽根氏による慰安所設置の文書証拠が出ていましたが、今度は、共同通信による報道です。「隠されているもので露わにされないものはない」です。
https://this.kiji.is/575662572528616545?fbclid=IwAR0nMtquNepIrXNIya4FKdscpFmj2jQF4HMqf9jq6kZQRHjOgSac4boP6Sk

慰安婦「兵70人に1人」と記述

外務省文書、軍関与を補強

2019/12/6 21:44 (JST)12/7 07:36 (JST)updated

 旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、関連する公文書の収集を続ける内閣官房が2017、18年度、新たに計23件を集めたことが6日、分かった。うち、在中国の日本領事館の報告書には「陸軍側は兵員70名に対し1名位の酌婦を要する意向」「軍用車に便乗南下したる特殊婦女」などの記述があった。「酌婦・特殊婦女」は別の報告書内で「娼妓と同様」「醜業を強いられ」と説明され、慰安婦を指している。専門家は「軍と外務省が国家ぐるみで慰安婦を送り込んでいたことがはっきり分かる」と指摘する。

 1993年の河野洋平官房長官談話が認定した「軍の関与」を補強する資料と位置付けられそうだ。

 

 

クリスマス子ども会の案内

  今日はお昼すぎまで北海道聖書学院で授業をして、大急ぎで苫小牧に戻って、教会の兄弟姉妹たちといっしょに明後日の子どもクリスマス会の案内を配りました。一人の二年生の面白い男の子が、チラシをもらわないで行こうとする子に向かって、「こんなに苦労して配っているのにうけとらないのはよくないよ!」と叫んでくれました。
 予報ではマイナス9度ということでしたが、たぶんマイナス5度くらいだったので助かりました。とは言っても、冷えますよねえ。でも例年より一週間早く、雪のないなかでの配布でした。あさって、子供たちがたくさん来てくれますように。

 

平和をつくる者

 アフガニスタンで医師として働くかたわら、井戸を掘り水を引き、現地の方たちのために尽力し続けて来られた中村哲医師が銃撃にあい、死亡。天に召されました。残念です。キリスト者だったそうです。
「平和をつくる者は幸いです。
その人は、神の子どもと呼ばれるから。」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191204/amp/k10012201951000.html?fbclid=IwAR09-TlVTjzmlUQtIXmxy7Fg6UNg_T7KVuT8NyqSVvZPRNsT5kaYkIL3wXI

ユダヤ人にもギリシャ人にもーーー福音をコンテクスチュアライズしてはいけない

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人たちには──私自身は律法の下にはいませんが──律法の下にある者のようになりました。律法の下にある人たちを獲得するためです。律法を持たない人たちには──私自身は神の律法を持たない者ではなく、キリストの律法を守る者ですが──律法を持たない者のようになりました。律法を持たない人たちを獲得するためです。」(1コリント9:20,21)

ユダヤ人にもギリシア人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰を証ししてきたのです。」(使徒20:21)

 

 宣教に関して「コンテクスチュアライゼーション」という英語があります。コンテクストは文脈ですから、「文脈化」です。「福音をある文化の中に住む人々に伝えるにあたっては、福音を、その人々の文化にコンテクスチュアライズしなければならない」と語られます。けれども、聖書に照らすと、もう少し丁寧に考えるべきです。 

 パウロは、ユダヤ人に福音を伝えるために、彼らに無用なつまずきを与えないために豚肉を食べないことなどユダヤの律法を守る生活をしました。また、ギリシア文化圏に属する人々に福音を伝えるためには、彼らと同じものを食べました。つまり、福音を伝える器であるパウロの生活の仕方を文脈化したのです。ハドソン・テーラーが清の時代の中国人に福音を伝えるために、辮髪(べんぱつ)にしたというのも同じです。

 他方、パウロは、自分が伝えた福音のメッセージは、相手がユダヤ人だろうとギリシア人だろうと同じだったと言明しています。すなわち、「神に対する悔い改めと、主イエスに対する信仰」です。人は正義の審判者である神の前に有罪であるから悔い改める必要があり、十字架で私たちの罪を背負って死んでよみがえられた主イエスを信じなければならないということです。つまり、パウロは伝道者である自分の生活の仕方はコンテクスチュアライズしましたが、福音のメッセージはコンテクスチュアライズしなかったのです。

 現代日本の文化の中に生きている人たちに、知恵を尽くして工夫をして伝道することは良いことです。けれども、「新しい福音理解」とか「現代日本人にマッチした福音理解」「日本的キリスト教」などといって、福音のメッセージの内容をすり替えてはいけません。「神に対する悔い改めと主イエスに対する信仰」は時代も文化も超えて不可変のメッセージです。(日々のみことば2019年11月号に掲載)