果物の価値の変化ということで、隔世の感があるのはバナナです。バナナは今でいえば一本500円いや800円くらいしたでしょうね。バナナを遠足に持って来られる子は、お金持ちの子でした。 うちはたぶんお金持ちだったようですが、バナナは持たせてくれませんでしたね。子どもに贅沢はさせない。教育のためにはお金は惜しまないというふうな方針だったのでしょう。
あの頃、姉が「バナナなら百本でも食べられるわ」と言っていましたね。私はたまに食べておいしいとは思ったけれど、それほどではありませんでした。時々、駅の近くでおじさんがバナナのたたき売りをしていました。
「さあさあ、おまけだ、おまけだ!」
「これで終わりだよ!」
などと言いながら、次々にバナナを追加していく実演販売でした。駅前や縁日、商店街などで人だかりができていましたね。
私が大学に入ったころには、もうバナナは安い果物の代表のようになって、逆に国内で生産されるリンゴなどが高くなっていました。日本の経済力が上がり、円が高くなったからですね。また事実上のプランテーションのような農業が、第三諸国で行なわれていたからでしょうね。 大学4年生の夏、教団で人々を募って台湾の宣教師を訪ねる旅に参加しました。引率のA牧師とO牧師が一日目の晩にどこかで台湾バナナの大きな房を買って来られて、一生懸命召しあがって、「もう食べられない。残りだけれど。」とおっしゃって、私たちの部屋に持って来られました。台湾バナナは、あの戦中戦後の空腹を経験した世代にとっては、ほんとうに憧れの的だったのでしょうね。
私の小学生時代、「さっちゃん」という歌がありました。
「さっちゃんはね バナナが好きなんだ ほんとはね
だけど小っちゃいから バナナを半分しか 食べられないんだ
かわいそうだな さっちゃん」
という歌でした。私は子ども心に、小っちゃいから半分しか食べられないんじゃなくて、高いから半分だったんじゃないかなと思っていました。