苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

神の王国を建てるために

 神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」(創世記1:26)

 神が人(第一のアダム)を造られたのは、被造世界にご自身の支配、神の王国を実現するためであった。そして、第一のアダムがこれに失敗したので、御子イエスが第二のアダムとして来られたのは、神の王国を実現するためであった。

 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた。「時が満ち、神の王国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:14,15)

 この二つのみことばのシンプルな繋がりを、若い日にはっきり教えられたら、聖書、神のご計画の全体がもっとすっきりと見えて来ただろうに。そして、聖書の最終的ゴールは神の王国の完成である。

 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。(黙示録22:3‐5)