苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

『神を愛するための教理問答』を公開します

 苫小牧の教会の祈り会で用いて来た『神を愛するための教理問答』のPdf版を公開します。関心のある方、ご自由にお用いください。ダウンロードもご自由に。
https://1ab4c85d-7ef5-40e3-b99d-780b70ac09e5.filesusr.com/ugd/2a2fcb_467658f922df442dba1bcd1074282d89.pdf

本書「解説」より

 本書を用意するに当たって最も多く参考にしたのは、プロテスタント宗教改革の集大成に当たる『ウェストミンスター信仰基準』である。しかし、集大成とはいえ17世紀の「キリスト教社会」の中で、ローマ・カトリック教会と他派プロテスタント(ルター派、急進派)を意識して書かれたという時代的制約がある。『ウェストミンスター信仰基準』のいくつか欠けた点を挙げてみよう。

 第一に、18世紀の啓蒙主義神学、19世紀以降の自由主義神学・近代聖書学、20世紀の弁証法神学などには対応していない。

 第二に、17世紀のプロテスタント教会は世界宣教の使命感が希薄だったので、宣教についての教理が手薄である。当時の世界宣教の担い手は、イエズス会をはじめとするカトリックの修道会である。

 第三に、17世紀の神学者たちは近代聖書学が発見した「実現した終末論(the realized eschatology)」を知らなかった。

 第四に、彼らは18世紀末から始まる「国家の世俗化(国家と教会の分離)」と近代国民国家を知らなかった。 

 第五に、20世紀末から21世紀にクローズアップされてきた地球環境問題に対応していない。

 第六に、ウェストミンスター会議の神学者たちは「キリスト教社会」を前提としているので異教に対する弁証が弱い。

 こうした時代的制約がある信仰告白文書を正確に理解するためには、聖書釈義と似た手続きを踏まなければならない。それは研究としては有意義なことだが、手短かに「神のご計画全体」を見渡す目的にはかなわない。そこで本書では宗教改革の成果を土台としつつ、現代の聖書的キリスト者のために新たに教理問答を用意した。

<本書の用い方>
 

本書は一人で読んでいただいてもいいのですが、基本的には牧師などの導き手が信徒とともに学ぶためのテキストです。巻末の「解説 カテキズムとは」をあらかじめ読んでいただくと、教理問答書を学ぶ意義・目的が明かになるでしょう。

 私が仕えている教会で、どのように本書を用いて来たかにを紹介したいと思います。

 まず牧師が「問」を読み、次に、兄弟姉妹で「答」と引証聖句を読みます。そして牧師は解説文を読みつつ、それぞれの問答について、兄弟姉妹の理解と適用を助ける説明を加えます。
 問答をいくつまとめて学ぶかは導き手の裁量で判断していただけばよいと思います。問答いくつかを学び終えたら、兄弟姉妹の全員あるいは何名かに、一言ずつその日の教理についての感想を話していただく時を持つことをお奨めします。お互いの感想やあかしを聞き合うことによって理解が深まり、あかしも飛び出して楽しい時になります。教理が、個人の頭の中の知識にとどまらず、主にある交わりの中で、神への賛美と感謝に昇華され、生活に生きてくるでしょう。

 なお、拙著『新・神を愛するための神学講座』(地引網出版、2022年)の該当箇所を参照されると、本書の内容をより深く理解するために役に立つと思います。

「私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。」(ピリピ1・9,10)