1年間『舟の右側』に「近代思想と神学」という連載をしてきて、最後に海老名弾正(1856-1937)を取り上げた。海老名弾正は、幕末に生まれ、熊本洋学校に学び、「熊本バンド」の一人としてキリスト教に入信し、明治・大正・昭和に大きな影響力をもった牧師・自由主義神学者である。同志社神学部は新島襄以来、神学的には広義のカルヴァン主義会衆派に立っていたが、海老名の影響によって大きく自由主義に傾斜した。
熊本洋学校時代の若き海老名が入信し署名した「奉教趣意書」の内容は、聖書は神がくださった信仰と生活の唯一無二の基準であるとし、神は天地万物の創造主であると信じ、人間は自力では神の義に達することはできず、ただ世の罪を贖うために十字架で屠られた神の御子イエス・キリストを信じる信仰によって救われるとする。そして、救われた者として現世においては神を敬い、隣人を己のごとく愛して生き、国に、社会に、家庭において、神の栄光をあらわす志を示し、来世においては永遠のいのちに与るという、いたって聖書的・正統的な内容のものである。
ところが、 明治36年(1903年)に海老名が出した『耶蘇基督伝』を読めば、そこにはキリストの受肉も代償的贖罪の十字架も復活も消え失せ、神学的転向が起こっている。
日本が国際連盟を脱退した昭和8年(1933年)に、海老名が出した『日本国民と基督教』で述懐するところによれば、彼も若い日にはパウロ、アウグスティヌス、ルターのように己の魂の罪悪に悩み、「唯十字架上の血潮によりて救われ得る」という信仰だったが、後に、「新たなる道の解決」として神を父と親しみ生きた人間イエスに倣って生きる道を提示し、勇壮快活に神の国建設のため奮闘する道こそ日本帝国の宗教たるべき資格があるとした。イエスはその使命を自覚して神の王国を宣べ伝え、生涯一度も逸脱しなかった人類史上、最も高潔な宗教的・倫理的・規範的人格である。イエスの十字架は我々の罪の代償ではなく、神への信頼、隣人愛、自己犠牲的服従の証しだったと彼は主張する。アベラール、カント、シュライエルマッハー、リッチュルの道徳的感化説である。海老名の中では、国家神道における神国日本と、福音書における「神の王国」が重ね合わされている。彼のキリスト教はいわゆるシンクレティズム、「日本的基督教」となっている。
海老名の神学的転向には、自由主義神学者リッチュルの影響が甚大である。リッチュルはカントの影響を受けて、神の三位一体、キリストの神性、贖罪といった「形而上的な教え」を退けて、イエスの倫理的・規範的人格の感化を受けて生きることによって、地上に「神の王国」が実現されるとした。リッチュルの「神の王国」はカントのいう倫理の王国と重なっている。これを受けて、海老名は、「神の王国」を天皇を中心とした神国と重ねた。
海老名の転向は、<十字架の福音を捨てて神の王国の福音へ>ということだった。だが、本来、聖書において、十字架の福音と神の王国の福音は二者択一ではない。主イエスは祭司でありかつ王である。子羊イエスの犠牲を根拠として贖われた私たちは、祭司・王なるキリストの共同相続人とされて神の王国を相続して、これを祭司・王として治めるべく召されている。黙示録において、王座にいますお方は、屠られた子羊なのである(黙示録5:6-10)。
「また私は、御座と四つの生き物の真ん中、長老たちの真ん中に、屠られた姿で子羊が立っているのを見た。それは七つの角と七つの目を持っていた。その目は、全地に遣わされた神の七つの御霊であった。子羊は来て、御座に着いておられる方の右の手から巻物を受け取った。
彼らは新しい歌を歌った。『あなたは、巻物を受け取り、封印を解くのにふさわしい方です。あなたは屠られて、すべての部族、言語、民族、国民の中から、あなたの血によって人々を神のために贖い、私たちの神のために、彼らを王国とし、祭司とされました。彼らは地を治めるのです。』」(黙示録5:9,10)
詳細は『舟の右側』2026年2月号をご覧いただきたい。