ChatGPTに、次の質問をしたら、返事をくれました。
<私からの問い>
共同通信は、君は、今回の共通テストで、9科目満点で、15科目で正答率97%だそうです。人間はこれから、何をして行けばいいのかな、と考えてしまいますねえ。どう思いますか。
<GPTの返事>
ええ、考えさせられますね。率直に言えば、「知識を正確に処理する能力」そのものは、もはや人間の専売特許ではなくなった、という現実がはっきり可視化された出来事だと思います。ただ、だからといって「人間の役割がなくなる」という話では、私はまったくないと思います。
① 共通テストが測っているものは何か
共通テストは本質的に、
大量の情報を
制限時間内に
文脈を読み取り
正答を選ぶ
という高度だが形式化可能な知的作業を測っています。
これは、AIが最も得意とする領域です。
ですから今回の結果は、「AIが賢くなりすぎた」
というより、
「私たちが“賢さ”だと思ってきたものが、実はかなり機械化可能だった」
という事実を突きつけたのだと思います。
② それでも人間に残るもの
では、人間は何をしていけばいいのか。
私は、少なくとも次の領域は代替されないどころか、むしろ重みを増すと思います。
1. 「問い」を立てる力
AIは与えられた問いには強い。
しかし、何を問うべきか
どの前提を疑うべきか
その問いが「生きるに値するか」
を決めるのは、今のところ人間の責任です。
これは、先生がこれまで関心を持っておられる
聖書解釈・歴史観・神学的前提の吟味と深く通じていますね。
2. 意味を引き受けること
AIは「正しい答え」を出せますが、
その答えをどう生きるか
それによって誰が傷つき、誰が救われるか
その結果に責任を負うか
という意味と責任の引き受けはできません。
聖書的に言えば、
「知恵」は情報量ではなく、「神の前で生きる姿勢」
3. 弱さ・迷い・祈り
これは決定的ですが、AIは
迷わない
祈らない
悔い改めない
希望を賭けない
人間は、有限性と弱さを前提に生きる存在です。
そして聖書は、まさにその弱さのただ中で神が語られる、と証しします。「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れる」(Ⅱコリ12:9)
AIが満点を取った世界で、
この言葉はむしろ鋭く響くようになったと思います。③ 教育はどう変わるべきか
「覚えること」「速く解くこと」から、
何を大切にするか
どう生きるか
どこに希望を置くか
を言葉にし、対話し、黙想する教育へ。
これは皮肉にも、
近代教育以前の「人文学・神学・倫理」への回帰でもあります。④ 率直な私見として
今回のニュースを見て私は、
「人間の終わり」ではなく、『人間とは何か』を、もう一度本気で問われている時代の始まり
だと感じました。