
ソドムの夜
「さて今日もたんまり軍資金が手にはいったことだし、そろそろ行きますか。じゃあ、ロト君、あとは頼みますよ。」そう声を掛けると、長老たちはまだ日は高いのに早々と城門を離れて、昼日中から歓楽街へと繰り出して行った。「はい」とは答えたものの、ロトは「またか。町の顔役さんたちは、まじめにこの町のあれこれを裁こうというつもりは、まるでない。袖の下を軍資金とはなあ。」と独りごちた。また、「それにしても、よそ者の俺がこの町の長老の一人になって、城門広場に座ることになろうとはね。まあ、おじきがソドムを救った英雄だからね。」と自嘲するようにつぶやいた。
城門は、顔役たちが座っていて、そこに持ち込まれる金銭トラブル、愛欲がらみのトラブル、さまざまな問題に裁定をくだす場となっていた。しかも長老たちはその務めで小遣いかせぎをしているのだ。ロトは、毎日のように、ここでソドムの恥部を無理やりのぞかせられて、ほとほとこの町の醜悪さに心を痛めていた。
日が暮れかかって歓楽街の方はこれから本番が始まろうという時だったが、城門あたりは人通りもまばらになり、門はまもなく閉じられようとしていた。一人座っていたロトは、「さて、私もそろそろ帰ろうか…」そう言って立ち上がった、その時だった。見たことのない二人の若者が門を急ぎくぐって入って来た。旅人であろうに、不思議なことに荷物は何一つ持ってはいない。ロトは彼らの風体に、なぜか上からの聖なる光を感じ取った。そして彼らの前に顔を地に付けて伏して言った。
「ご主人がた。どうか、このしもべの家に立ち寄り、足を洗って、お泊まりください。そして、朝早く旅を続けてください。」
すると彼らは言った。
「いや、私たちは広場に泊まろう。」
しかし、ロトは言った。
「いえいえ、とんでもない。ご存じないのでしょうか。このソドムの町はたいそう物騒なのです。広場に泊まったりすれば、いったい何をされるかわかったものではございません。」
すると青年の一人は言った。
「ほう、乱暴者に恐喝されるということでしょうか。ですが、幸い私たちには盗まれる荷物が何もありません。」
ロトは言う。
「物盗り程度ならいいのですが、もっとひどい目に遭われるかもしれません。ですから、ぜひとも我が家においでください。そこなら、安全ですし、お食事も差し上げられます。私は神を畏れる者です。信じてください。」
もう一人の青年が答えた。
「そうですか。そうまで仰るのなら、泊めていただきましょうか。」
そういうと、彼らはロトのあとについて歩いて行く。町の男たちは、この珍しい旅人をじろじろと見て、こそこそ話している。十分ほど歩くと、「あれです。」とロトが指さす。窓から灯火の光が漏れている。戸口に着くと、ロトは二人を家の中に招じ入れ、食卓につかせた。ロトは奥に行って、妻と二人の娘に食事の用意をするように言った。部屋の壁にはエジプト風の色鮮やかな壁掛けが掛けられており、しばらくすると種無しパンとごちそうが出てきたが、それらを盛った食器はメソポタミア風の模様があしらわれた高価に見えるものだった。ロトの妻は綾織の布でできていた着物をまとっている。
食事が終わり、ロトは二人の青年に言った。「そろそろお休みになりますか。客間を用意してございます。」と、そのときドンドンドンと、玄関のドアを乱暴に叩く音がした。ロトは、ドアの内側から言った。「こんな夜中になんですか。」すると、ドアの外から多くの男たちの声が響いた。「おい、ロト。今夜おまえのところにやって来たお客に会いたいんだよ。」「ひひひ、かわいがってさしあげますよ。」また別の男が言う。「ロト、あんたが独り占めする気かよ。」
ロトは青くなった。彼は戸口にいる彼らのところへ出て行き、自分の背後の戸を閉めた。そして言った。「兄弟たちよ、どうか悪いことはしないでください。お願いですから。私には、まだ男を知らない娘が二人います。娘たちをあなたがたのところに連れて来ますから、好きなようにしてください。けれども、あの人たちには何もしないでください。あの人たちは、私の屋根の下に身を寄せたのですから。」
しかし、彼らは言った。「引っ込んでいろ。」そして言った。
「こいつはよそ者のくせに、おじきの七光りで長老になって、偉そうにさばきをしてやがる。さあ、おまえを、あいつらよりもひどい目にあわせてやる。」
彼らはロトのからだに激しく迫り、戸を破ろうと近づいた。すると、あの人たちがロトの後ろで戸を開き、太陽よりまぶしい閃光を放った。そして、手を伸ばして、ロトを自分たちのいる家の中に引き入れて、戸を閉めた。家の戸口にいた者たちは、小さい者から大きい者まで目つぶしをくらったので、彼らは戸口を見つけようとする力も萎えた。
その人たちはロトに言った。
「ほかにだれか、ここに身内の者がいますか。あなたの婿や、あなたの息子、娘、またこの町にいる身内の者をみな、この場所から連れ出しなさい。私たちは、この場所を滅ぼそうとしています。彼らの叫びが主の前に大きいので、主はこの町を滅ぼそうと、私たちを遣わされたのです。」
そこで、ロトは出て行き、娘たちの婿たち入り浸っている酒場に駆けて行き、告げた。
「今、神の使いが我が家を訪ねてきて警告をした。酒なんか飲んでいる場合じゃない。さあ、立って、ソドムの街を出るのだ。まもなく主がこの町を滅ぼそうとしておられるから。」
だが彼の婿たちは言った。
「お義父さん、どうしたんですか。悪い冗談はやめてくださいよ。さあ一緒に飲みましょう。いい女もいますよ。」
「いや、冗談じゃない。これは本当なんだ。」
ロトが何と言っても婿たちは聞かない。『それもそうだよなあ。聞いて信じられるわけもないか・・・。』とつぶやきながら、ロトは夜道を家へと足早に戻っていった。
(続く)