(もう35年ほど前に『恵みの雨』という雑誌に連載した讃美歌、聖歌に関する文章の一部が出て来たので、ここに置いておきます。)
命令でなく強調--係り結び--
『讃美歌』で多用されている強調の言い回しに「係り結び」があります。
われらが主のみとのこそ照り輝け(3:1 )
そのみ栄えこそげにたぐいなけれ(18:1)
こよなき励まし受くるぞうれしき(20:2)
主にたよるほかぞなき(3:4 )
み歌ぞ聞こゆる(15:5)
天より来べしとたれかは知る(115:3)
係り結びというのは文語で疑問や反語の意味を作る場合と、意味を強める場合に使われる言い回しです。係り結びを作る助詞には 「ぞ」「なん」「や」「か」「こそ」の五つがあり、「ぞ」「なん」「や」「か」は連体形で、「こそ」は已然形で結びます。「あ あ、そんなこと学生時代にきいたことあるなあ。」でしょう。もっとも、若干の「か」の反語の例を別にして賛美歌に頻出するのは、「ぞ」と「こそ」です。
上のクリスマスの賛美歌「ああベツレヘムよ」『賛美歌』一一五番の三節「たれかは知る」は反語で、「だれが知っていようか、いや誰も知らない。」という意味になります。 そして、「ぞ」と「こそ」は強調のためだけに用いられるので、「ぞ」「こそ」が出たら、「ああ強調しているんだな」と気づいてもらえば十分です。
が、ひとつ落とし穴があります。たとえ ば、上の賛美歌三番を「私たちの主の御殿は照り輝きなさい」とか、四番で「主が神でありなさい」とか、十八番で「たぐいがないようにしなさい」という意味だと思ったら誤 解。口語が耳になれている私たちにとって間違いやすいのは、「こそ」の結びのことばを命令の意味にとってしまうということです。 「主の御殿こそ照り輝け」の「照り輝け」は命令形でなく已然形です。ですから正解は強調、つまり、「私たちの主の御殿はすばらしく照り輝くよ。」ということです。同様 に、「主こそは神なれ」の「なれ」は已然形で、「こそ」を受けて強調の係り結びですから、「主がほんとうに神だぞ」と言っているのです。また、「そのみ栄えこそげにたぐいなけれ」は「そのみ栄えは、まったく類ないものだぞ」というのです。
ややこしい文法論議は忘れてしまっても結構ですが、「こそ」「ぞ」が出てきたら、「これは強調だな」とこれだけは腹に入れておきましょう。(同盟教団大泉聖書教会牧師)
賛美歌112番 もろびとこぞりて
もろびとこぞりて むかえまつれ
久しく待ちにし 主は来ませり 主は来ませり
主は主は来ませり
悪魔のひとやを打ち砕きて
とりこを放つと
主は来ませり 主は来ませり
主は主は来ませり
この賛美を聞くと、幼稚園を思い出しま す。木枯らし吹き始めた園庭をスキップしながら、「モロビトコゾリテムカエマツレ!」と心ウキウキ歌ったものです。けれども、幼心にとってこの賛美ほど謎に満ちた呪文はないのでした。「モロビト」「コゾリテ」「ムカエマツレ」・・何一つわかりません。そして極めつけは、「シュワキマセリ、シュワキマセリ」。心にウルトラマンの「シュワッ チ」をイメージしていました。
これほどポピュラーでこれほど分かりにくい表現の満載された賛美歌も珍しいかもしれません。「モロビト」や「コゾリテ」は大人になるにつれてだんだんとわかってきたのですが、数年前にやっと本当の意味のわかったことばが、第二節の「悪魔のひとやを打ち砕きて・・・」の意味でした。
はずかしながら、私はかつて二節を歌うたびに、勇ましいイエス様が悪魔が放った一本の矢を目にも留まらぬ早わざでつかみ取る と、ボキッとへし折っている場面を思い浮かべていました。そして、数人の人に聞いてみると、なんとみんな同じことを考えていたのでした(ああ仲間がいてよかった?)。
『宇治拾遺物語』に前科七犯の男が「ひとやに七度ぞ入りたりける。」とあります。「ひとや」とは人屋つまり牢獄のことなのでした。これがわかると、「とりこを放つと」もよくわかります。イエス様は悪魔の牢獄を打ち砕いて、捕らわれの身だった私たちを、解放してくださいました。
それにしても、「もろびとこぞりて」を歌うたびに幼い日から親しんできたことゆえの捨て難さを感じつつも、「わからんことばで歌うことが、ほんとうに神様の御心にかなったことなのだろうか。」と思うのです。
初めのクリスマスに御子イエスの誕生のしらせを受けたのは荒野にいた卑しい羊飼い。もし、あの夜、御使いたちが「もろびとこぞりてむかえまつれ!・・シュワキマセリ!」と告げたなら、きっと羊飼いたちは「天使の異言で話されてもわかりません。」と言ったでしょう。
そこで、普通のことばの112番。
1.みなさん集まれ 主は来られた
久しく待ってた 主は来られた
2.悪魔の牢屋を 打ち砕いて
とりこを放つと 主は来られた
ウーン、あまりピンと来ないなあ。
讃美歌121番「この人を見よ」
1 馬槽の中に 産声上げ
匠の家に 人と成りて
貧しき憂い 生くる悩み
つぶさになめし この人を見よ
2 食する暇も うち忘れて
しいたげられし 人を訪ね
友なき者の 友となりて
心砕きし この人を見よ
3 すべての物を 与えし末
死のほか何も 報いられで
十字架の上に 上げられつつ
敵を赦しし この人を見よ
4 この人を見よ この人にぞ
こよなき愛は 現れたる
この人を見よ この人こそ
人となりたる 生ける神なれ
賛美歌121番を歌うと二つの人を思い出します。ひとつは、この作詞者由木康師のことです。『讃美歌略解』に次のようにあります。「この曲は、彼が近代神学の影響を受け、イエス・キリストの神性について思い悩んだ結果、キリストの神性は人性のうちに包まれ、輝いているという確信に達した」。この讃美歌はその確信と喜びを歌ったものです。人間理性で納得できないことはなにもありえないという色眼鏡で福音書を読んだ「近代神学」は、イエスの神性を否定して、単なる愛の教師だと教えていました。しかし、馬舟の赤ん坊の「この人を見よ!」、友なき者の友となられた「この人を見よ!」、十字架で敵をゆるした「この人を見よ!」と五回も力強く繰り返されるフレーズは、真の人であられるナザレのイエスの生涯を見つめ続けて、そこに尊い真の神のご栄光が輝き出ていることに目覚めた由木師の感動が見事に表現されています。
私たちは実は、ほんとうの意味で人ではありません。悲しむべきときに喜び、喜ぶべきときに悲しみ、怒るべきときに平然とし、忍耐すべきときに怒り出すような堕落したアダムの子らです。けれども、ただ一人、真実なお方がいました。悲しむべきときに悲しみ、喜ぶべきときに喜び、怒るべきときに怒られた、ただ一人の真実なお方。真の人となられた真の神、イエス・キリストです。
「この人にぞ、こよなき愛は現れたる。この人こそ、人となりたる生ける神なれ。」と二度の係り結びによる強調が、神人なるイエスに対する賛美として活きています。
<追記>
実は、私は長年この曲のとくに2節を歌うたびに、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を思い出していました。けれども、賢治は熱心な日蓮宗の信者ですから、おおっぴらに口に出して言うのも気が引ける思いがしていたのです。
「雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
(中略)
野原ノ松ノ林ノノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
(中略)
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」
ところが数年前、これは賢治自身のことではなく、賢治が尊敬していたひとりのキリスト者を描写したことばであるということを知りました。内村鑑三のもっとも忠実な弟子の一人であった斎藤宗次郎(1877-1968年)です。宗次郎は岩手県花巻の生まれで宮沢賢治と同郷の人です。彼は曹洞宗の僧侶の家に生まれで教員となっていましたがキリスト者となります。内村の影響を受けていた宗次郎は内村の影響を受けて非戦論を唱えたことによって、教育界から追放されてしまいます。そこで、内村の勧めもあって、彼は花巻で新聞取次という仕事をすることになるのですが、宗次郎は祈りの生活の中で新聞取次をします。雨の日も風の日も吹雪の日も、十メートル行って配達しては神に祈り、十メートル行っては神に祈りながら新聞配達をし、また病の人がいれば側にいて慰めの言葉をかけたりもしました。一日平均四十キロ市内を走り回って配達をしたそうです。賢治はこの宗次郎と交流があり、「サウイウモノニ ワタシハナリタイ」と言ったのでした。
だとすると、私が讃美歌121番に「雨ニモ負ケズ」を思い浮かべたのもあながち的外れではなかったことになります。賢治が尊敬し「サウイウモノ」は、キリストの足跡にわが足を重ねて生きていたキリスト者斎藤宗次郎その人であったからです。
聖歌229番 驚くばかりの
驚くばかりの恵みなりき
この身の汚れを知れる我に
作者ジョン・ニュートン(1725-1807)は、もと奴隷商人で後に牧師となった人で、英国の霊的覚醒運動の指導者の一人です。私はかつてこの一節を歌うごとに、ニュートンは奴隷商人をしながら良心の呵責にたえかねて回心に至ったのだろうと想像していました。
ところが、自伝『ジョン・ニュートンの手紙』を読んでみると、真相はそうではないようです。彼は言います、「私は奴隷売買に従事している間、それは合法的なことであるとして、少しも良心の呵責を感じませんでし た。それが摂理によって与えられた職業であると考え、完全に満足していたのです。事 実、世間では奴隷売買は収益をもたらす上品な職業であると考えられていました。」彼は回心後もしばらくは良心の呵責なく奴隷商人をしていたのです。私は少なからずショックを受けました。どこかで聞いた「宗教者はしばしば良心を悩ます小さな罪には敏感だけれど、大きな社会的罪については鈍感なのだ」という非難の言葉が頭の中を行きめぐりました。 けれども、現代の視点からニュートンを指さし非難することはたやすいことでしょうが、社会全体がその罪に染まり来ってお り、その罪のなかで生まれ育つならば、罪が罪であると気がつくことはどれほど困難で しょうか。肥だめに生まれ育ったうじ虫が、汚物こそスイートホームでありディナーであると思っているのと同様に。
そういう自分の過去をありのままに告白しだからこそ、「驚くばかりの恵みだった」と歌うのがニュートンなのでしょう。きっと私たちも、主の御許に召された日には我が身を振り返って、赤面しながら「驚くばかりの恵みなりき!」と賛美しないではいられないに違いありません。二十世紀末の日本で世間が上品なことと思いこんでいることのうちに は、本当はとてつもなく罪深い汚らしいことがあるかもしれません。
一方、ニュートンらの霊的覚醒運動の中、回心したウィルバーフォース(1759-1833) は奴隷制度の罪深さに目覚め、奴隷廃止運動の闘士となります。植民地地主たちの猛烈な反対にも屈することなく戦い抜き、ついに 1807年英国で奴隷貿易廃止法が可決されました。奇しくもジョン・ニュートンが天に召されたその年でした。(同盟大泉聖書教会牧師)
讃美歌430 いもせをちぎる
いもせをちぎる 家のうち
わが主もともに いたまいて
父なる神の 御旨に成れる
祝いのむしろ 祝しませ
今し御前に立ち並び
結ぶちぎりは かわらじな
八千代もともに、助けいそしみ
まごころ尽くし、主に仕えん
愛のいしずえ かたく据え、
平和の柱 なおく立て、
神のみ恵み 常に覆えば、
幸い家の 絶えざらなん。
結婚式で元気一番の賛美といえば、この430番でしょう。けれども、ことばの上では私のような若者にとっては難解なものが次々にでてきます。
まず「いもせをちぎる」というとなんだか芋のつるをちぎり取る光景が目に浮かびますが、そうではありません。「いもせ」は「妹背」、万葉的な表現で「夫婦」です。「ちぎる」といっても、二人をちぎって別れさせてはいけません。契る、契約するのです。次に「祝いのむしろ祝しませ」とはなんでしょう。「むしろ」はあのゴワゴワしたわらの敷物もののことでしょう。その上に、みんなで座って結婚のお祝いをするという情景でしょうか。ちょっと現代の椅子の結婚式、あるいは立食の披露宴とは遠いものがあります。「祝しませ」というのは「祝福してください」と「我が主」イエス様にお願いしているのです。「ませ」は「ます」の命令形です。
二節。「今し御前に」の「し」は強めの副助詞で「今まさに」ということです。「結ぶ契りは変わらじな」というのは「結ぶ契約は変わるまいね」ということ。
三節。「神のみ恵み、常に覆えば」とあります。この欄で取り上げた賛美歌の中ですでに何度か出てきましたが、「覆わば」でなく「覆えば」とあるところがポイント。もし「覆わば」だと不安げな結婚の歌となり、「覆えば」となると確信に満ちた結婚の歌となります。つまり、「覆わば」は<未然形プラスば>で「もし覆うならば」となり、「覆えば」だと<已然形プラスば>で「覆うので」となります。若いふたりの新家庭の上には、神様の恵みが覆うので幸いが家に絶えないのです。(同盟基督大泉聖書教会牧師)
讃美歌111番 神の御子は
1
いざや友よ、もろともに いそぎ行きて拝まずや。
2
賎の女をば母として 生まれまししみどりごは、
まことの神、君の君、 いそぎ行きて拝まずや。
3
「神にさかえあれかし」と 御使いらの声すなり。
地なる人もたたえつつ いそぎ行きて拝まずや。
4
とこしなえのみことばは 今ぞ人となりたもう。
待ち望みし主の民よ、 おのが幸を祝わずや。
「いそぎ行きて拝まずや」とは、ベツレヘム郊外の羊飼いたちのクリスマスの夜のことばです。もちろん反語表現になっているわけで、反語表現がかえって強い肯定を意味しています。
「賎の女」ということばは差別用語、あるいは不快表現ということで問題にもなるのでしょう。けれど、当時のイスラエルの社会においてマリヤは実際、身分の高い女性ではありませんでした。そして、羊飼いたちもまた当時の社会の中ではいやしい職業とされたのが現実であったそうです。羊飼いは、生き物たちの世話をするというその職業内容からして、律法学者たちがいうようには安息日の律法も守ることができない「呪われた」職業でありました。
御子イエスがマリヤの胎に宿り、羊飼いたちにその誕生の告知がなされたことに意味があるわけです。人が不快になる用語は避けるのは知恵ですが、言葉を入れ替えると福音が意味を失うようなことは避けねばならないでしょう。また、不快用語を使わないだけでこの世に「不快」な実態がなくなるわけではありません。不快な実態から目をそらすための措置としての、不快用語撤廃にはならぬこともたいせつではないかと思います。差別用語を無神経に使う人は差別主義者かもしれませんが、差別用語を使わない人が必ずしも差別をしない人ではないでしょう。
「声すなり」ということばの意味。「なり」という助動詞は、断定「である」という意味味の場合と伝聞「ようだ」という意味のばあいがあります。どう区別するか。『土佐日記』の有名な序に「をとこもすなるにきといふものををんなもしてみむとてするなり」とあります。意味は「男もするという日記というものを女である私もしてみようと思ってするのです」ということです。つまり、「すなり」(終止形+なり)は「するという」と伝聞の意味になり、「するなり」(連体形+なり)は「するのだ」と断定です。 ですから、第三節の「『神にさかえあれかし』と御使いらの声すなり」というのは、直接見て聞いているのではなくて、「御使いたちの声がしているようだなあ」と、どうも家の中から天からの響きに耳をそばだてているという感じです。