先週、山口で牧会しておられるN牧師ご夫妻が、苫小牧を訪ねてくださいました。正確には無理を申し上げて訪ねていただいたのです。休暇を取られて苫小牧の隣町登別で牧師の妻であるお嬢さんのお宅に、ここ一週間ほど滞在されているという噂を聞きつけたので、「千歳空港に向かわれるとき、苫小牧に立ち寄ってください。苫小牧から空港までは、私がお送りしますから。」とお願いしたのです。先生ご夫妻と苫小牧の教会堂でお交わりをし、教会員の息子さんの経営するラーメン屋さんで、名物のカレーラーメンを食べていただき、そのあとキラキラ公園で海と大きな船をいっしょに見ました。良いお天気ですが苫小牧らしく風がぴゅーぴゅー吹いていました。ご夫妻との交わりは楽しすぎて時間があっという間に過ぎて、千歳空港へは大急ぎでお送りして、搭乗時刻ギリギリになってしまいました。
N先生と親しくなったのは、先生がかつて同盟基督教団の理事長を務められた数年間、私は副の立場でご奉仕させていただいたからです。月例の理事会でも個人的な会話でも、先生は通すべき筋はきちんと通しながらも、常に穏やかで声を荒げたが一度もありません。先生の学生時代を知るM牧師は「N先生は、学生服を着て教会に来始めた求道者の頃から、あんな感じだったよ。お年寄りの話を、じっくりとにこやかに聞いてね。」と話していました。
私が信州の小海で借家で伝道を始めて数年目、松原湖バイブルキャンプに奉仕にこられた娘さんが訪ねてくださったことがありました。N先生は家庭ではどんなご様子なのかなと興味があって、「N先生はどんなお父さんですか?」と質問したことがあります。すると娘さんは「父は誠実な人です。よく話を聴いてくれる人です。」と言いました。娘にこんなふうに評される方なのか、と感服しました。
教団での務め上の近さもあって、N先生とは教団事務所や宿でご一緒にする機会が何度もありました。そんなときには教団や諸教会のことだけでなく、お互いの生い立ちや家庭のことなども語り合ったものでした。N先生は北陸富山のご出身で、金沢の学生時代に金沢中央教会でキリスト者となり、献身して聖書神学舎に学んだ後、同盟基督教団の教師となり、以来、四十数年間にわたって奈良の生駒めぐみ教会で奥様とともに牧会して来られました。教団では、国外宣教委員会、国内伝道部、理事として伝道局長でのご奉仕が長かったとうかがいました。
欠点の見当たらない先生ですが、私は先生には面白い癖があることを知っています。佐久市にある明治時代の洋館建ての中込学校を訪ねたこと、また、渋谷の教団事務所の近くにあるイスラムのモスク、また、奈良の薬師寺を訪ねたことがあります。先生はそういう由緒ある建物を訪ねると、扉という扉をすべて開けて中を見るという癖があるのです。こちらはハラハラして、「先生、そこは開けたらまずいでしょう。」というと、「いや、『開けるな』とは書いていないよ。」と仰って開けるのです。どこでどんな扉を開けたのか詳しくはここには書けませんが。まあ、先生はたいへん好奇心が旺盛な方だということの現れなのでしょう。あの少年のような好奇心の旺盛さが、先生の伝道と教会形成の活力に現れているのかなあ、などと思います。


