苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

文章の平明化

 最近薦められて、W. GrudemのSTを安く手に入れて読んでるんですが、英語が極めて平明。対象とする読者が一般読者であるからでもあるのでしょうが、これほど易しく書けるというのも賜物なのでしょう
 今、友人がJ.I.パッカーの個人的終末論に関する論文集を翻訳していて、ちょっとしたお手伝いをしているんですが、パッカーさんの文章はときどきわかりにくいのが紛れ込むんですよね。ちょっと昔の教養人の文章だからですかねえ。専門家を対象とした文章だからということもあるのでしょうが。そういえば、神学生時代友人たちと読書会をしたG.Vosの文章は私のような者には、むずかしかった。息子のJ.Vosは易しい文章。

文章の平明化は日本でも同じですか。今の高校生には漱石の文章も古典に属するそうで、売れない漱石全集や内村全集はヤフオクで三千円ですし。平明化はいいけれど、反面、文化が継承されないという弊害があります。
 大学から文学部を廃止するとまで言い出す文科省が伝統を大切にするとかいうのには、まったくがっかりさせられます。もっとも、彼らの言う「伝統」というのは、明治ににわか造りされた底が浅く中身スカスカの国家神道を意味するにすぎないわけですが。