この秋は札幌の北海道聖書学院での担当授業の始まりが午前8時20分なので、前泊して授業に臨むようになった。朝食のテーブルにつくと、「よく眠れましたか?」と神学生が聞いてくれる。「いや、あまり眠れなかったよ。授業があると思うと、遠足の前みたいにわくわくしてね。」と答えた。実は、今秋月曜日にさとランドという公園に神学生たちとピクニックにでかけたときにうたった一つの賛美が、就寝時頭の中をぐるぐるとまわっていてよく眠れず、朝五時には目がさめたのだ。
この秋担当している科目は終末論と現代神学。いずれも、その考え方の根本が理解できて、自分の頭で諸説を判断する力をつけて、聖書自体にしたがった聖書解釈をすることができる力を身に着けてほしいと願っている。
昨日はチャペルの担当だったが、そうとは知らずにいて、説教原稿なしで、ローマ8章15節を中心に、奴隷的信徒と神の子としての信徒の話をした。
今朝は、昨日少々睡眠不足だった分、七時までゆっくり眠れた。あすは主の日、きょうは備えの日である。