もしバルナバがいなかったら、とふと考えました。キリスト教迫害の急先鋒だったパウロが回心して教会に近づこうとしたとき、ほとんどの人々はパウロを恐れあるいは嫌悪して受け容れようとしませんでした。そんな状況で、バルナバはパウロを理解し、教会の人々に紹介したのです。その後、パウロがどれほどキリストの福音のために働き、新約聖書の多くの部分を執筆したことか。
バルナバとパウロはその後海外宣教の名コンビとなりますが、ある時、若者マルコの問題で反目してしまいました。伝道の使命を放り出して逃げていくような奴は見込みがないとして、パウロは次の伝道旅行にマルコは置いて行くべきだと主張しました。けれども、バルナバは若者マルコを受け入れて、忍耐と寛容をもって育て上げました。後の日、パウロはマルコのことを、「主に役立つ者」と評価しています。パウロはバルナバの前に、兜を脱いだのです。この青年マルコが、最古といわれる福音書を書きました。マルコ福音書を前提としてほかの三つの福音書も書かれています。
パウロとマルコというむずかしい人を受け入れ育てたバルナバ。もしバルナバがいなかったら、パウロもマルコも教会におらず、新約聖書の大半は存在しなかったと考えると、バルナバはキリスト教会にとっての大恩人です。