創世記8章6節に「四十日の終わりになって、ノアは、自分の造った箱舟の窓を開き、烏を放った。」とあります。ここでいう「四十日」とは、いつから数えての四十日なんでしょうね?複数の文書史料を背後にあると想定する説もあり、前々から気になっていたので、少し考えてみました。
仮説1)洪水スタートから降った四十日の雨の後を意味するのだろうか?
<検証1>
「四十日の終わり」以後、8章12節までの事件は、以下の通り、8章6節の「四十日」に烏、鳩1号(8:7−9)、7日後つまり47日に鳩2号(8:10)、14日つまり57日に鳩3号を放つと帰ってこなかった(8:12)のです。57日には地面が乾き始めていたというわけである。
ところが、他方で雨が降り始めて洪水がスタートしたのがノア600年2月17日であり、地表が乾き始めたのがノアの601年の1月1日である(8:13)。上の鳩の話と57日と大きく矛盾する。
複数の文書史料が背後にあると言いたくてたまらない学者さんたちは、この矛盾がその証拠だと言いたがる。だが、最初の記者がその矛盾に気づかずにいたと仮定するのには無理がある。
仮説2)8章5節の「10月1日に山々の頂が現われてから40日」という意味だろうか?
<検証2>
すると鳩3号が帰ってこなかったというのは、11月21日あたりの出来事になる。「601年1月1日に水が乾き始めた」という記述があるから、それまで40日もあいている。それでも、すでに水は引き始めていたから、鳩がとまる程度の場所はあったと考えるべきなのだろう。ウ〜ン・・・だが、それほど無理なことではない。10月1日には山々の頂が現われ始めていたのだから。
ノア600年 2月17日 雨降り始め40日間に及び、増水は150日間。
7月17日 舟はアララテ山に着く。水が引き始める。
10月 1日 山々の頂が現われる。
11月10日 烏と鳩1号を放つ。
11月17日 鳩2号を放つとオリーブの葉を持ち帰った。
11月21日 鳩3号を放つと帰ってこなかった。
ノア601年 1月 1日 水が乾き始める。
2月27日 水が乾ききった。ノアが箱舟から出る。