苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

神の国の福音のために

 朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。しかしイエスは彼らにこういわれた。「他の町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」(ルカ4章42,43節)

 安息日に、イエスはカペナウムの会堂で神の国の権威ある教えを語り、立ち現れた悪霊を追放した。すると人々は日が落ちて、ぞくぞくとイエスのところに病者をいやしてもらうためにやって来た。やさしいイエス様としては、羊飼いのいない羊のように、傷つき病んだ人々を後に置いてゆくことは忍びなかったであろう。
 だがイエスは他の町々に神の国の福音を宣言するために、この町を去ってゆかねばならなかった。それが父がイエスをこの世に派遣された目的であった。おそらく未明に「寂しいところ」で天父がイエスに確認なさったことだった。
 主はご自身の計画にしたがって、そのしもべを、神の国の福音を宣べ伝えるために、新たな地に派遣なさる。明日は、慣れ親しんだ兄弟姉妹とともにささげる最後の主日礼拝。復活の朝。