苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

ロズンゲン11月17日  聖書はただの書物ではない。それに反対するすべてのものを征服する力を持つ生き物である。

申命記11章26-28節
口語訳
見よ、わたしは、きょう、あなたがたの前に祝福と、のろいとを置く。 11:27もし、きょう、わたしがあなたがたに命じるあなたがたの神、主の命令に聞き従うならば、祝福を受けるであろう。 11:28もしあなたがたの神、主の命令に聞き従わず、わたしが、きょう、あなたがたに命じる道を離れ、あなたがたの知らなかった他の神々に従うならば、のろいを受けるであろう。


新改訳
見よ。私は、きょう、あなたがたの前に、祝福とのろいを置く。もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、あなたがたの神、【主】の命令に聞き従うなら、祝福を、もし、あなたがたの神、【主】の命令に聞き従わず、私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。


新共同訳
私は今日、あなたたちの前に祝福と呪いを置く。私が命じるあなたたちの神、主の戒めに聞き従うならば祝福を、主の戒めに聞き従わず無縁であった他の神々に従うならば、呪いを受ける。

 諸訳に大きな異同はない。心頑な世代が死に絶えて新しい世代が起こるために、モーセイスラエルの民を連れて荒野を四十年間さまよった後、ヨルダンンの東モアブの地に到着した。すでに、姉ミリヤムと兄アロンは世を去っていた。そして、今、モーセ自身約束の地を目前にして、世を去ろうとしている。そこで、なされた訣別説教。説教ではあるが、文書の形式は申命記1章から32章を読んでみると、紀元前14−13世紀のヒッタイト条約の形式を踏んでいる。
 イスラエルの民の、この後の、士師時代と王国時代の歴史、アッシリヤによる北イスラエルの滅亡と捕囚、バビロンによる南ユダ王国の滅亡と捕囚、捕囚からの帰還、さらに、紀元後70年のエルサレム陥落という歴史の展開は、この申命記の祝福とのろいの原則に則ってなされていく。
 なにかのパンフレットにあったナポレオンの言葉というのを思い出した。「聖書はただの書物ではない。それに反対するすべてのものを征服する力を持つ生き物である。」 


*ちなみに、申命記の書かれた年代については、こちら。18世紀のヴェッテの申命記成立にかんする陰謀仮説が、20世紀のオリエント考古学の契約文書研究でくつがえされた件。
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20140912/p1