苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

ローズンゲン9月12日 そなえたもう主の道を踏みて行かん一筋に

詩篇86:11
口語訳
主よ、あなたの道をわたしに教えてください。
わたしはあなたの真理に歩みます。
心をひとつにしてみ名を恐れさせてください。


新改訳
【主】よ。あなたの道を私に教えてください。
 私はあなたの真理のうちを歩みます。
 私の心を一つにしてください。
 御名を恐れるように。


新共同訳
主よ、あなたの道をお教えください。わたしはあなたのまことの中を歩みます。御名を畏れ敬うことができるように/一筋の心をわたしにお与えください。
詩編86章11節

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 「心をひとつにし」というのが口語訳、新改訳。普通、日本語の表現では複数の人々が心を一つにするというわけで、「私の心を一つにする」ということは言わないだろう。その点を考慮してか、新共同訳は「一筋の心をわたしにあたえて」という独特な翻訳をしている。だが「一筋の光明」とはいっても、「一筋の心」という表現はちょっと変。
 ヘブル語ではヤーハード(一つにする)ということば。「神の道と自分の欲に心が分かれて、ふたごころになってしまうのではなく」、あるいは「神の道と自分の恐れでふたごころに陥らず、一つの心」という意味。日本語としていえば、「二心でなく」を補うほかないだろうか。翻訳はむずかしい。「二心でなく、御名を恐れるように。」
 翻訳はむずかしいけれど、趣旨はよくわかる。
 これが主の道とわかりながら、周囲の状況、自分の非力を思うと怖気づいてしまうことがある。だが、主を見上げ、心奮い立たせて、この道を行こう。
追記
 フランシスコ会訳は「ひたむきな心を与え」である。これがよい。

わが行く道 いついかに
なるべきかは つゆ知らねど
主はみこころ なしたまわん
(折り返し)
そなえたもう 主の道を
踏みて行かん ひとすじに


こころたけく たゆまざれ
ひとは変わり 世はうつれど
主はみこころ なしたまわん
※折り返し


あらうみをも うちひらき
すなはらにも マナをふらせ
主はみこころ なしたまわん
※折り返し

讃美歌494番