苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

ソロモンの求めたものは・・・

 1:7その夜、神はソロモンに現れて言われた、「あなたに何を与えようか、求めなさい」。
  1:8ソロモンは神に言った、「あなたはわたしの父ダビデに大いなるいつくしみを示し、またわたしを彼に代って王とされました。 1:9主なる神よ、どうぞわが父ダビデに約束された事を果してください。あなたは地のちりのような多くの民の上にわたしを立てて王とされたからです。 1:10この民の前に出入りすることのできるように今わたしに知恵と知識とを与えてください。だれがこのような大いなるあなたの民をさばくことができましょうか」。
  1:11神はソロモンに言われた、「この事があなたの心にあって、富をも、宝をも、誉をも、またあなたを憎む者の命をも求めず、また長命をも求めず、ただわたしがあなたを立てて王としたわたしの民をさばくために知恵と知識とを自分のために求めたので、 1:12知恵と知識とはあなたに与えられている。わたしはまたあなたの前の王たちの、まだ得たことのないほどの富と宝と誉とをあなたに与えよう。あなたの後の者も、このようなものを得ないであろう」。(歴代誌下1章)

 ソロモンは、神に富と宝と誉れと敵対者の命を求めず、民をさばく知恵と知識を求めた。その結果、彼は民をさばく知恵と知識のみならず、富と宝と誉れと彼を憎む者の命とを得ることになった。
 だが、彼の生涯、とくにその後半生を見ると、いったいソロモンが知恵と知識を求めたことはよいことだったのだろうか?と疑問をいだかないではいられない。彼は知恵・知識・富・誉・快楽・敵のいのちなどすべてのものを得たけれど、その人生はむなしくなってしまったから。


「栄華をきわめたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」マタイ6:29

わが主イエスよ ひたすらいのりもとむ 愛をば、
まさせたまえ 主を愛するあいをば、あいをば
                讃美歌321番