苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

詐欺師が詐欺師にだまされて

 ヤコブはいのちからがら兄の怒りをのがれて杖一本もって母の故郷ハランの地に到着した。井戸のかたわらで初対面の従妹ラケルにひとめぼれしてしまう。旅の心細さもあいまって激情にかられたヤコブは大胆にも接吻をする。ラケルは頬を染めて父ラバンのもとに走った。

29:12 ヤコブが、自分は彼女の父の親類であり、リベカの子であることをラケルに告げたので、彼女は走って行って、父にそのことを告げた。
29:13 ラバンは、妹の子ヤコブのことを聞くとすぐ、彼を迎えに走って行き、彼を抱いて、口づけした。そして彼を自分の家に連れて来た。ヤコブはラバンに、事の次第のすべてを話した。
29:14 ラバンは彼に、「あなたはほんとうに私の骨肉です」と言った。こうしてヤコブは彼のところに一か月滞在した。(創世記29章)

 妹リベカを娶るときには、伯父アブラハムラクダに宝物を積んでしもべを遣してきたのに、ヤコブはたったひとりで手ぶらでやって来たのである。顔を見るのもはじめてなのである。もしかしたら、別の男がなりすましてきたのかもしれない。また、本人であったとしても、人殺しでもして、逃亡してきたのではないかと怪しまれても仕方がない。ここは、ヤコブとしては事の次第をすべて話すほかなかったのである。
 事の次第を聞いて、ラバンは「おまえはほんとうにわしの骨肉だなあ」と言ったことばは、単になりすましでなく本物の甥だということではなく、意味深長である。ヤコブが兄エサウの長子の権を奪い、父の祝福を奪った話を聞いて、ラバンはまるで自分自身を見ているように思ったのである。このあとヤコブはおじラバンにだまされて、十四年間ひどい目に遭うことになる。詐欺師が詐欺師にだまされたようなものである。
 だが、これもまた神の摂理によることだった。ヤコブは「量るように量り返され」て、初めて自分が兄にしたことがどういうことであったのかを思い知ることになる。聖なる陶器師の力強い手のなかでヤコブはぎゅーぎゅーと練られて行く。

 まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。(ガラテヤ6:7)