苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

ことばの力

「1:8この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう。」ヨシュア1:8


 口語訳で「思い」と訳されることばハーガーは、文語訳では「念ひ(おもい)」と訳されていた。だが、新改訳と新共同訳では「口ずさみ」と訳されている。主な英訳聖書はことごとくmeditateと訳しているから、「思い」のほうが普通の訳なのだろう。新改訳・新共同訳があえて「口ずさみ」を採用した意図はどこにあるのだろう。「口ずさむ」といえば、律法のことばそのままを詠じることを意味しようが、「思う」といえばいろいろ思いめぐらすということになって、相当ニュアンスがちがう。


 それはさておき、聖書は格別ことばを大事にする。ことばが、その人の人生を左右する、と。「ぼくと結婚してください」という一言で新しい人生と家庭が始まったり、言うべきときに言わなければ「好きだった。好きだった。うそじゃなかった好きだった。そんなひとこと、あのとき、言えばよか〜った♪」と一生後悔することもある。個人生活だけではない。世界を巻き込む大戦争も、もとはといえば、首脳同士が交わしたことばのやりとりであったりする。
 その大事なことば。心に思い念じ、昼夜口ずさむことばを、聖なる神のことばにしなさい、と。

「3:2わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。 3:3馬を御するために、その口にくつわをはめるなら、その全身を引きまわすことができる。 3:4また船を見るがよい。船体が非常に大きく、また激しい風に吹きまくられても、ごく小さなかじ一つで、操縦者の思いのままに運転される。 3:5それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。 」ヤコブ3:2-5



   小海でもやっと梅が開花しました。