幣原喜重郎のことをもっと知りたくなって、彼に関する本を何冊か読んでみたら、どの本にも『幣原喜重郎伝』と呼ばれている一冊が引用されている。ネットで調べてみたら、amazonのいくつかの古本屋では1万円はする。手が出ない。今度は、「日本の古本屋」というサイトで調べたら神奈川県辻堂の古本屋で3千円。さっそく注文したら、速やかに届いた。う〜ん。こげ茶色になった箱にはいっていて、出版は昭和30年だから1955年。年譜抜きで785ページもある。読み応えありそう。
非売品で、編著・発行者は幣原平和財団である。代表者は理事長徳川家正とある。この人物は、生年1884年(明治17年)3月23日 、没年 1963年(昭和38年)2月18日で、外交官・政治家。徳川宗家第17代当主とのこと。なんだか、ありがたみのある本だな。
現代は「国防軍だ」「日本を取り戻す」だと勇ましげな言辞を発する無責任な政治家が人気を博し、その尻馬に乗る政治家が多い。戦前も大政翼賛会がつくられると政治家たちは右も左も「勝ち馬に乗れ」とばかりに大勢力となり、勇ましげなことをいって、政治は軍部の暴走をただ追認するありさまとなった。あの軍国主義の時代にあって、「軟弱外交」と呼ばれ「売国奴」と罵られても、どこまでも平和外交を貫き通し、東京駅では浜口雄幸とともに銃弾を見舞われる寸前となり、憲兵に「大政翼賛会に入らねばいのちの保障はしかねる」とまで脅されても、最後まで節を曲げなかった幣原喜重郎ほどの真に勇気のある人はほかにただのひとりもいなかった。
敗戦を迎えた時、天皇が誰を首相に据えれば対連合国交渉をし日本を平和国家として立ち直らせることができるかと思案したとき、下野して鎌倉に隠棲していた幣原喜重郎以外に、その任に堪えるものはいないと判断し召喚したのはもっともなことだった。その時、幣原はすでに七十八歳だった。この幣原が戦争放棄条項(憲法9条)をマッカーサーに提言し、戦後日本の平和の礎をすえるに至ったことには、人知を超えた歴史の支配者の摂理を感じる。