苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

だれでも渇いているなら

「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。
                 ヨハネ福音書7:37−39


 仮庵の祭りにイエス様がエルサレムに登り、「イエスは誰なのか」と多くの人が、議論し分裂が起っていた。しかし、つべこべ議論していても何も起らない。渇きがいえることはない。
 主は「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」とおっしゃる。私はこの朝、単純に、主イエスに求めよう。
私を御霊に満たしてください。私は自力できよく生きることも、自力でみことばを聞くことも語ることも、自力で魂をすなどることもできませんから、どうぞあなたの御霊を満たしてください。


      小海はほとんど冬枯れになりました