「【主】はヨシュアに仰せられた。『彼らを恐れてはならない。あすの今ごろ、わたしは彼らをことごとくイスラエルの前で、刺し殺された者とするからだ。あなたは、彼らの馬の足の筋を切り、彼らの戦車を火で焼かなければならない。』」ヨシュア記11:6
戦争に次ぐ戦争というヨシュア記なのだが、これは不思議なことばである。ただの戦争であれば、武器としての馬と戦車は戦利品として獲得し、次の戦に用いるのが常道でろうに、主はそれらを用いてはならないとおっしゃった。なぜだろう。
おそらく二つの理由がある。ひとつはイスラエルが主ではなく武器に信頼するという罠に陥らないため。もうひとつは、イスラエルが兵器を得て主が約束の地として定めた境を越えて戦線を拡大し帝國を目指すことのないためである。
一民族の枠が取り払われて、神の民が民族・国家を超えて広がる新約の時代には、特定の国家が神の選びの国であったり、その国が進める戦が聖戦・義戦だということは一切ありえない。
上記のことばから学び取るべきことのひとつは、道具に頼って主に頼ることを見失うなということであろう。便利な道具に満ちている現在、特に心すべきこと。もうひとつは、成功にのぼせ上がってはならない。神が己に賜った分をわきまえなさいということ。