苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

創世記1章1節から2章3節  祈り会のお奨め


    ホタルブクロ(蛍袋)



 昨日の祈り会のおすすめです。申命記まで読み終わって、創世記に戻りました。

1. 神は創造主である

 「はじめに、神が天と地を創造した。」(1:1)
 聖書理解の基本は、聖書記者が最初に想定した読者は誰であるかをわきまえることにある。モーセが想定した読者は、エジプト脱出を果たしたイスラエルの民。彼らはありとあらゆる被造物を神々とあがめるエジプトという国に400年間暮らしてきた人々である。エジプトでは、太陽、天体、ナイル川、カエル、山犬、フンコロガシなどありとあらゆるものが神々として崇められていた。そういう彼らに、創世記第一章はなにを語っているのか?
 まず、創造主こそ眞の神であるというこの真理である。創世記1章が告げるのは、自然界にあるあらゆるものは、造り主であられる神の作品であって、それらの作品は神が造られたゆえに大切なものではあっても、拝むべき神ではなく、あがむべきお方は造り主だという真理である。
 
2.多様性と統一性
 
 創造の記事を見ると、被造物はじつに多様であり、かつ統一的なシステムをなしていることにも気づく。
 それは被造物は相互に支えあい生かし合っている。たとえば動物と植物の関係がそうである。植物がいて、これを食べて動物は生きる。植物なしに動物は生きられない。しかし、植物も動物に助けられている。たとえば、昆虫が受粉を手伝ってやってこそ植物も子孫を残していくことができる。もし受粉させてくれるチョウやミツバチがいなければ、せっかく造られた植物はワンシーズンで滅びただろう。したがって「日(ヨーム)」を地質年代的長期間をする解釈はナンセンスである。
 被造物は、ちょうどからだのように多様な部分が一つの全体として機能している。私たち人間も、おたがい違っているけれど、それを尊重しあって支えあって生きていくこと。


3.時の中に生きる

 もう一つ注目すべき点は、神様は、被造物世界を造るにあたって、しようとすればそうできたのにあえて一瞬で造ってしまうのではなく、時間的順序をもって造られたということ。神様は、7日間、段階的にこの世界を造って行かれた。私たちが住むこの世界に、神は時間性を与えられたということであり、私たちの住む世界には歴史があるということである。
 私たちの生きる世界には「時」がある。時があるから忍耐して待つことが大事であるし、また、時があるからチャンスを逃さないことも大事である。それぞれの作物に種まきの時期というものがあるから、その時を逃してはならない。種をまいたら、待つほかない。まだかまだかと種を掘り出してはならない。そのときでもないのに、焦ってことをせいてはいけない。
 「待つ」ことと、「タイミングを逃さないこと」、この二つが、神が造られた世界に生きる上で大事な心得である。